とある富豪(ふごう)のお屋敷(やしき)で執事(しつじ)として働(はたら)くことになった男。執事といっても、やることといったらわがまま放題(ほうだい)のお嬢(じょう)さまのお相手(あいて)をすることなのだが――。今日もまた、お嬢さまの無理難題(むりなんだい)に振(ふ)り回され、へとへとになった男は思わず言ってしまった。
「お嬢さま、もういい加減(かげん)になさって下さい。これ以上困(こま)らせることをしたら…」
そこで男は、どんでもないことを考えてしまった。次の瞬間(しゅんかん)、目の前にいたお嬢さまが跡形(あとかた)もなく消(き)えてしまった。男が慌(あわ)てて辺りを見回(みまわ)していると、どこからか声がした。
「お前の思い通りにしてやったぞ。これで安(やす)らかに過(す)ごせるはずだ」
男は叫(さけ)んだ。「待ってくれ! お嬢さまをどこへやった。今すぐここへ戻(もど)してくれ!」
「それでいいのか?」声の主(ぬし)はしばらく考えてから続けた。「ならばこうしよう。お前の望(のぞ)むお嬢さまを返してやろう。今まで通りのお嬢さまがいいか、それとももっとわがままなお嬢さまにするか…。もう一つ、まるで人形(にんぎょう)のようにおとなしいお嬢さまがいいか――。さあ、決(き)めるのはお前だ」
男は、思わず頭の中で思い描(えが)いてしまった。声の主はかすかに笑(わら)って言った。
「お前の望みをかなえてやろう。あとは、お前しだいだ」
男の目の前にお嬢さまが現(あらわ)れた。だが、それは以前(いぜん)のお嬢さまではなかった。顔からは生気(せいき)が消えて、まるで人形のような感情(かんじょう)のない笑(え)みを浮(う)かべていた。
<つぶやき>この後、お嬢さまはどうなったのか…。わがままは程(ほど)ほどにしましょうね。
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