彼には先見(せんけん)の明(めい)があった。若(わか)くして立ち上げた事業(じぎょう)に成功(せいこう)し、莫大(ばくだい)な資産(しさん)を手に入れた。そして誰(だれ)もが羨(うらや)むような美女(びじょ)と結婚(けっこん)して、幸せの絶頂(ぜっちょう)を味わっていた。
そんな彼の前にひとりの男が現れた。その男は埃(ほこり)まみれのマントを羽織(はお)り、細長い杖(つえ)をついた老人(ろうじん)。真っ白いボサボサの髪(かみ)と、これまた真っ白な長い鬚(ひげ)を伸(の)ばしている。
驚(おどろ)いている彼の姿(すがた)を見て、老人は呟(つぶや)いた。「俺(おれ)が見えるのか? 見えるんだな」
「誰(だれ)だ? どうしてこんなところに…。ここは、お前みたいな奴(やつ)が来るところじゃない」
「気にせんでくれ。やっと俺(おれ)の順番(じゅんばん)が回ってきたんだ。さぁ、仕事(しごと)を始めるとしよう」
老人はそういうと、羽織っているマントをポンポンと叩(たた)いた。すると白い埃が霧(きり)のように舞(ま)い上がった。その直後(ちょくご)、秘書(ひしょ)の若い女が駆(か)け込んで来て叫(さけ)んだ。
「奥様(おくさま)です。奥様が――」
秘書を押(お)しのけて入って来た妻(つま)は、いきなり彼を引っぱたくとすごい形相(ぎょうそう)で言った。
「あなたって最低(さいてい)な男ね。こんな秘書にまで手を出すなんて。もう離婚(りこん)よ!」
妻は秘書を睨(にら)みつけて出て行った。秘書も取り乱(みだ)して部屋を飛び出して行く。
老人はうれしそうに呟いた。「これは面白(おもしろ)い。楽しませてもらったよ」
「何なんだ、お前は。何をした!」彼は老人に掴(つか)みかかる。白い埃がまた舞い上がった。
老人はわくわくしながら、男の耳元(みみもと)でささやいた。「さぁ、次は何が起こるのかなぁ」
<つぶやき>これはやばいです。こんなときは、気づかないふりをしないといけません。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。