「ご苦労(くろう)さん、ご苦労さん」と言いながら、警部(けいぶ)が立入禁止(たちいりきんし)のテープをくぐり抜(ぬ)けた。それを見た刑事(けいじ)たちは、突然(とつぜん)のことに唖然(あぜん)とするばかり。警部は構(かま)わずやって来て、
「ご苦労さん。いや、殺人事件(さつじんじけん)と聞いてね。ここは、わしが来なきゃダメだろ」
「いや、警部殿(どの)…。わざわざ、こんなところまで――」
「気にせんでもいいよ。こっちかい? 若(わか)い女性だって言うじゃないか…」
警部はシートでおおわれた現場(げんば)に入った。すでに被害者(ひがいしゃ)は運び出されていたので、警部はちょっとがっかりしたような顔をした。それでも、警部は辺(あた)りをくまなく見回(みまわ)して、
「これは物盗(ものと)りだなぁ。間違(まちが)いない。犯人(はんにん)は抵抗(ていこう)されたんでブスッとやっちまったんだ」
そばにいた刑事は、「いや、刺(さ)されては…。それに、財布(さいふ)も残(のこ)されたままで…」
「なんだ、違うの? じゃあ、別れ話のもつれだなぁ。被害者の恋人(こいびと)がだ、他の女性との結婚(けっこん)が決(き)まって、被害者が邪魔(じゃま)になった。それで、被害者の首(くび)をこう――」
「警部殿、絞殺(こうさつ)では…。それに、若い女性というわけでも…」
「ええっ、そうなの? 何だよ。若いって聞いたんだけどなぁ。違うの?」
「はい。三十代から四十代の女性で、まだ身許(みもと)の方は…」
「そりゃ、微妙(びみょう)だねぇ。で、美人(びじん)だったかい? ほら、ストーカーの線(せん)もあるわけだし」
「そ、それは、まだ、何とも…。今、聞き込みを始めたばかりで…」
「そうか。じゃ、何か分かったら連絡(れんらく)してよ。あっ、ひょっとして、夫(おっと)の線もあるかもなぁ」
<つぶやき>警部は何をしに来たのでしょ。こんな人がいたら現場は混乱(こんらん)してしまいます。
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