MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2697 健康診断は誰のため?

2024年12月29日 | 医療

 先日、都内に暮らす92歳の母親のところに、地元の区役所から「定期健診のおしらせ」が届きました。事前に予約すれば、二駅先の医療機関で(無料で)受診できるということ。丁寧に読んだ母が「久しぶりに行ってみようかしら…」などと言うので、思わず「まあまあ…」と止めた次第です。

 普段は鷹揚な彼女も(歳が歳だけに)「健康」の二文字には敏感です。「今さら癌が見つかったからといって手術ができるわけでもなし、心配事が増えるだけだから…」と説得しても聞き入れてくれません。毎月通っている近所の(かかりつけの)先生に相談してみたら?とお任せしたところ、「僕がいつもちゃんと見てるから大丈夫」と言ってもらえてようやく安心できたようです。

 それにしても、足腰の弱った90代の高齢者に「健康診断を受けに行きなさい」というのは、何ともお役所仕事。出かけるリスクの方がよっぽど大きいだろうにと笑ってしまったところです。

 そういえば、私自身も毎年職場で「人間ドック」の通知をもらうたび、「お金もかからないからまあいいか…」と何の疑いもなく指定の病院に足を運び胃カメラやら脳ドックやらを一日かけて受けていましたが、確かにあまり役に立った記憶はありません。「要精検」やら「日常生活に注意」などは毎年いくつもあるものの、放っておいて不都合が生じたことはなかったような気がします。

 そもそも、1回何万円ものお金をかけて、健康データを毎年毎年チェックしていく必要が本当にあるのでしょうか?…10月21日の経済情報サイト「現代ビジネス」に、精神科医で作家の和田秀樹氏が『健康診断は日本だけのフシギな慣習! 健診で予防できないどころか命が縮まることも』と題する一文を寄せていたので、(気になる方のために)指摘の一部を小欄に残しておきたいと思います。

 日本人にとってなじみの深い「定期健康診断」(健診)は、実は世界ではほとんど行われていない。単一の診療科で問診や検査を受けられる国はあっても、体調が悪いわけでもない人に法律で健診を強制しているような国は、日本以外にはないと氏はこの論考に記しています。

 氏によれば、日本の健診の始まりは1911年に制定された工場法とのこと。当時問題となっていた結核や赤痢などの感染症の集団感染や蔓延を防ぐことが主な目的だったとされています。そして54年には、世界で初めて組織的な人間ドックがスタート。72年には労働安全衛生法が制定され、労働者は年一回、健診を受けるよう、事業者に義務づけられたと氏はしています。

 さらに2008年には、40~74歳を対象に腹囲や体重、血圧、血糖値、脂質を測定して、生活習慣病のリスクの高い人を早期に見つけるメタボ健診を導入。同時に75歳以上の後期高齢者も任意で受けることができるようになり、日本では(その気になれば)死ぬまで健診を受け続ける制度が整ったということです。

 さて、問題はここからです。健診というのは、(単純化すれば)基準値から外れた「異常値」の人を選び出し、その人たちを医療につなげていくしくみとのこと。それにより、高血圧、脂質異常症、糖尿病、肥満などを防いだり、改善したりすることで、脳卒中や心筋梗塞などにならないようにしようというのが建て前だと氏は説明しています。

 なので、異常値と判定された人の多くは、医者から薬を飲むように言われ、食事や運動などの生活指導を受けることになる。しかし、それが本当に病気の予防になるかどうかは、実はよくわかっていないというのが氏の指摘するところです。

 メタボ健診で生活習慣病のリスクが高いと判断され、特定保健指導の対象となった人を調べた研究によれば、その後の保健指導によって1年間で、男性で腹囲が2.2cm、体重が1.kg、女性で腹囲が3.1cm、体重が2.2kg減少するなど(確かに)数値は改善。血圧や血糖値、脂質も改善していたということです。

 しかし、最も重要なのは数値が改善したかではなく、(言うまでもなく)脳卒中や心臓病の予防効果があったかどうか。でも、その肝心なところは調べられていないと氏は話しています。

 それどころか、1991年に発表されたフィンランドの比較試験では、どこも具合が悪くないのに健診によって問題を探し、医者があれこれと厳しく介入することでかえって命を縮めてしまうという結果すら出ているとのこと。その他、健診の効果を検証する臨床試験は欧米を中心にいくつも行われているが、健診を受けた人と受けなかった人で、全体の死亡率、心臓病、脳卒中、がんによる死亡率に差は見られていないということです。

 これらの研究結果を総合すると、健診は病気を予防する効果が見られないばかりか、医療の厳しい管理でかえって命を縮める可能性もあるという結論になる。「タダより高いものはない」と言うが、実質タダの健診を受けたために、高い代償を払うハメになるかもしれないというのが氏の見解です。

 氏によれば、健診でメタボ症候群に該当する人は、予備軍も含めて約1671万人(2022年度)にのぼる由。これは、メタボ健診の対象となる40~74歳の人口(約5900万人)の約4人に1人に該当するということです。

 この人たちが、医者から処方された薬を飲み、その後、何十年も薬を飲み続けることになる、まさに「薬漬けの医療」にどっぷり浸かっていくことになると氏は言います。

 一方、24年3月、新潟大学の研究チームが、メタボ基準の女性の腹囲を現在の「90cm」から「77cm」にすべきという新基準案を提案したが、かける網を大きくすればリスクの見逃しは少なくなるとしても、治療の必要がない健康な人もたくさん網にかけてしまうことの害について議論されることはほとんどないということです。

 メタボ症候群に該当する人の数は2020年度の約1715万人をピークに、高齢化や人口減少にともなって50年には約1330万人に減少するとの推計がある。これまでも、血圧、コレステロール値、血糖値などの基準値がシラッと引き下げられてきた経緯を考えれば、基準値を引き下げるという提案が、メタボ患者の数を確保しておきたいという策略に思えるのは私だけだろうかと、氏はこの論考で疑問を投げかけています。

 メタボ健診を受けるかどうかは、個人が判断すべきこと。しかし、勧められるままに健診を受け、すすめられるままに治療を始めてしまうその先は、(好きなものも食べられず)ヨボヨボ道に続いているかもしれないことは覚えておいてほしいと話す(臨床医としての)和田氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。