夏原悟朗の日々

当世時代遅れジャズ喫茶店主ものがたり /「写真+小説」形式によるジャズ小説 前田義昭作品

46. ジャズ人の早世

2009-06-25 | ジャズ小説

Img_4023Study In Brown (Emarcy)・CLIFFORD BROWN


「人が死ぬとみんないい人だった、になるのよね」
 スミちゃんはシニカルな言い方をした。
「事件が起こった時なんか、テレビ・カメラを向けられて知り合いがコメントするのは、まずあんないい人はいなかったという言い方ね」
「死者に鞭打たないというのが日本人の美徳だよ。なかにはとんでもない人間であっても、あいつは死んで当然だと言わずに慎み深くなるもんさ。良い悪いは別として」
「わたしそういうのって嫌いなんだよね」
 桃井かおりのような喋り方は、いかにもスミちゃんらしい。
「ジャズの人でもそうよね」
「そうだよね。早世した人は過大評価される傾向はあるけど、ある程度は仕方ないんじゃないのかな。二度と演奏が聴けないと思うとより賛美したくなるものさ。世の常として」
「クリフォード・ブラウンはどう」
 いきなりスミちゃんは切り込んだ。
「巷間言われてる程、わたしは凄いとはどうしても思えないのよ。顔なんか見たら人の良さそうな顔をしてるから、得してんじゃない」
「ボクもそれ程突出してるようには感じない。もしかしたらボクなんかの耳は大した事がないのかもしれないけど。じゃ、ブラウン聴いてみる」
 そう言って夏原は『スタディ・イン・ブラウン』を出してきた。リクエストの多いレコードで数えきれないほどかけてきた。『チェロキー』が1曲目のA面をターン・テーブルに置いた。マックス・ローチがリズムを刻むイントロに続いて、とうとうとした大河の流れを感じさせるテーマが、ブラウンのトランペットから店内に鳴り渡った。続いて急速調のアドリブは全く破綻がない。
「もし、ブラウンが事故に遭っていなければどうなっていたのかしら」
「やはり死んだ事によって、追慕の思いが更なる評価につながっているのは間違いないだろうね。これはジャズに限らず色んな分野で言えると思うんだ。ジェームス・ディーンや赤木圭一郎がもし生きていたら、伝説の人になっていたかは判らない」
「ちょっと想像できないものね。ジェームス・ディーンの七十歳の顔」
 スミちゃんはちょっと複雑な顔をした。
「その辺は神のみぞ知るだね。生きていたら更に確固たる地位を築いていたかもしれないしね。今も生きながらえるソニー・ロリンズの過去の素晴らしい作品は、いささかも揺るぎが無いように」
「どちらかと言うとジャズ界では長寿のミュージシャンは鬱陶しがられるわね。要は死んだからといって過大評価する事なく、純粋に作品を見つめるのが大事よね」
「勿論そうだね。まあそうは言っても才能の片鱗を見せた途端急死した人には、その思いがより強くなるのは仕方がないよ。彗星の如く現われて彗星の如く去る。人のこころの奥底にはそんな願望が常にあるのかもしれないね」
Img_4026_2  スミちゃんの問いに夏原は肯定しながらも、現実は現実として認めざるをえなかった。
「そうなのよね、機械かなんかで測定するものじゃないから。ジャズに限らず音楽ってそういうものよね。感性なのよね」
「そう、そういう色んな要因が重なり合ったものなんだ。評価ってものは」
 さらに夏原は言った。
「スミちゃんは自分の考えをズバッと言える人だから」
「批評家の受け売りだけはしたくはないわね。たとえ聴く耳はたいした事がなくても」
 コーヒーを一口飲んでスミちゃんは言い切った。
「そこがスミちゃんのいいところだよ」
 夏原は心底からそう思った。
「でもね、ブラウニーの『ウィズ・ストリングス』は結構好きなのよね」
「オッケー、ちょうど終わったからかけてみようか」
 夏原はにこやかに言った。


無断で、複製・転載等を禁止します


最新の画像もっと見る