夏原悟朗の日々

当世時代遅れジャズ喫茶店主ものがたり /「写真+小説」形式によるジャズ小説 前田義昭作品

29. 映画好きのジャズ

2008-12-27 | ジャズ小説

Img_3777_2The Man With The Golden Arm (Decca)
ELMER BERNSTEIN
Arranged and Played by SHORTY ROGERS and SHELLY MANNE
?Music from Sound Track?


「先日はありがとうございました」
 ひょっこりと山下が現われた。
「こちらこそお世話様でした」
 夏原はカウンターへ手招きした。
「とんでもない。ゆっくりとお話できて愉しかったですよ」
 人なつこい笑顔で山下は応えて、促されたとおりに腰掛けた。夏原は、トミーとディックを預かってもらった事を言ったつもりだったのだが、どうやら山下は映画館で会った時の事と勘違いしているようだった。すると、あの時話題に出たレニー・ニーハウスを聴きに来たのだろうか。
「ベルリンはどんな街でしたか」
「『ベルリン天使の詩』の詩的な雰囲気を感じる瞬間はありましたよ」
 映画好きの山下には一番手っ取り早い言い方なので、夏原は端的に答えた。
「夏原さんも映画を観て行きたくなるくちですか」
 ニヤニヤしながら山下が言った。
「そう言われれば、山下さんと同じかもしれませんね。前にもウィーンに行きましたからね」
「『第三の男』でしょ。行ってみたいですね、わたしも。何をおいても大観覧車には乗ってみたいですよ。お店にこのレコードはあるんですか」
「それはないです。サウンド・トラックでもジャズのものならありますが」
「どんなのがあります」
「ショーティ・ロジャースがアレンジしている『黄金の腕』はありますよ」
「これは懐かしい。ぜひ、聴かせてください」
 あの時のニーハウスの話を、山下はすっかり忘れているのだろうかと、レコード棚の前で夏原は思った。
 出してきた『黄金の腕』から盤を抜き出して、ジャケットを山下に手渡した。
「ジャケット・デザインもソウル・バスなんですね。当時、映画館に貼ってあったこのポスターが欲しくてね」
「アレンジャーはロジャースだけではなくてシェリー・マンも参加しています。演奏はその他にもコンテ・カンドリやバド・シャンクの名もみえますね」
 早速ターン・テーブルでレコードを回転させた。聴き覚えのある力強いテーマが耳を打つ。銀幕ではタイトルでソウル・バスがデザインした腕が躍り、バックに流れたこのテーマと見事に融合していたものだ。タイトル・バックのデザインとしては一、二を争う出来だと夏原は思っていた。恐らく山下もそんな印象をもっているのだろう。
「ジャケットを見ながらこのテーマを聴くと、映画館で感動した時を思い出すなぁ」
「キム・ノヴァクが良かったですね」
 夏原も同じように、初めて観た時の事を思い出していた。
 テーマがたっぷり入ったA面が終わった。
「いやぁ、久し振りでいいものを聴かせてもらいました。これで気分よく午後の診療にあたれますよ」
Img_3789  山下は立ち上がって帰り支度を
始めた。
「山下さん、例のレニー・ニーハウスは聴いて行かなくていいんですか。よかったらかけますよ」
「あっ、あれね。じつはCDを買ったんですよ」
「じゃ、もうお聴きになったんですね」
「自分で言うのも何ですが、ジャケットを見たらちょっと私に似てるんでファンになっちゃいましたよ。恥ずかしいですけど」
 山下は少しはにかみながら言った。
「実はボクもそう思ってました」
 山下自身が口火をきったので、夏原も同調した。
「一緒に買ったニーハウスの他のアルバムと編集して、BGMにして聴いています。動物病院で4ビート・ジャズをかけているのはうちくらいですかね」
 照れくさそうにして山下は帰っていった。
 帰った後、夏原はジャケット写真を念入りに見たが、やはり似ていた。
 
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