King Size (Contemporary)・ANDRE PREVIN
「マスター、アンドレ・プレヴィンの『キング・サイズ』をたのみます。昨日テレビの音楽番組で指揮する年老いた姿を見て、若い頃のプレヴィンを聴きたくなったのさ。B面だよ、マスター」
「珍しいよね。クラシックからジャズにきて、また元のところに戻ってしまった人なんて」
レコードをセットして、夏原が少し首を捻った。
「でも、クラシック好きのカラヤンらしいリクエストだね」
「私も見てたわ。随分おじいさんになっちゃったわね。年老いても音楽への情熱は未だ衰えずって感じだったわ」
夏原とカラヤンの会話を聞いてたスミちゃんが、書き物をしていた筆を止めた。
「1958年の録音だからもう半世紀以上前になるんだね。結局クラシックの方が性に合っていたという事かもしれないけど、ジャズにおいても一目置く才能が備わっていたんだ、この人には。このレコードがそれを物語っていると思うよ」
カラヤンが言った。そして1曲目が流れだした。
『イット・クッド・ハプン・トゥ・ユー』。淡々と流れる清流のような穏やかさのなかに、熱情がほとばしるピアノ・タッチだ。続く『ロウ・アンド・インサイド』も、レッド・ミッチェルとフランキー・キャップとのコラボレーションを尊重しながら、一歩もたじろがずより深い表現へ踏み込んで行く強い意志に貫かれた演奏だ。
「文字通りキング・サイズの演奏だね。まっしぐらに王道を行くプレヴィンだ」
「それにしてはイラストのライオンがちょっと可愛すぎるんじゃない」
スミちゃんのひと言に二人が笑った。
次の『アイム・ビギニング・トゥ・シー・ザ・ライト』は、聴き進むにつれグルーヴィ感溢れるピアノにグイグイ引き込まれて行く三人が、その様子に見てとれた。そこには今のプレヴィンとはなかなか結びつかない、ジャズ・ピアニスト プレヴィンが厳然としてあるのだった。
「やはりA面も聴きたいなぁ」
「ああ、いいよ。結局両方聴きたくなるってことだ」
夏原がレコードをくるりと回転させた。二人のやり取りを横で見ていたスミちゃんは、クスッと笑った。
「マスターとこは両面かけてくれるからいいわね。そのあたりもジャズ喫茶らしくないのよ」
「どっかに吹っ飛んじゃったね。そんな感覚」
その夏原の言葉をかき消すように『四月の思い出』がかかると、皆はしばし耳を傾けた。
「レッド・ミッチェルとの相性がとてもいいのね」
2曲目の『マッチ・トゥ・レイト』が終わってスミちゃんが喋ると、「ニャオ」と思わぬところから反応があった。
「おや、ディックもいいと思うのかい」
夏原がボックス席に目をやると、蒸気で曇ったガラス窓のカーテンの隙間からディックが外を見ていた。誰かが表から猫を相手にしているようだった。三人の視線がそこに集まった。
ディックはテーブルに乗って前足をガラスにつけて動かしている。もう一匹のトミーは眠ったままだ。
やがてドアが開いて猫の真似をするおどけた人影が見えた。
「なんだ、やはりヒゲ村だったのか。そう思ったよ」
ヒゲ村はそれには応えず、
「マスター雪だよ、雪」
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