The Newborn Touch Phineas Newborn Jr. Trio (Contemporary)
PHINEAS NEWBORN JR.
「どうだい、反応は」
「いい感触だよ。ジャズの店に合ってるって」
写真を変えたので評判が気になったのか、正木信輔が店に来ていた。夏原は多少オーバー気味に客の声を伝えた。
「それで安心したよ。じつは気になってたんだ」
正木はあご髭をさわりながら、ほっとした表情を浮かべた。
「例のミステリー誌に連載している作品だけど、見たい人がいるって言ってたよね。持ってきたよ」
「ああ、ありがとう。もうそろそろ来ると思うよ。その前に何か聴きたいのある」
「フィニアス・ニューボーンのあれかけてよ」
「あれって、どれ。もしかして『ニューボーン・タッチ』かい」
「そうそう、それ」
「これだね、あれは」
赤地に頬杖をつくニューボーンの写真のジャケットを夏原が見せて茶化すと、正木が苦笑いして頷いた。
「ボクたちもいつの間にか、あれとかそれが飛び交うような歳になったのかね」
夏原が言うと、正木も相槌を打った。
「おや、噂をすればナントやらだ。いつ来てたの」
「全然気がついてないんだから、まったく。歳はとりたくないわね。それに、これとかあれとか、なにわけのわかんないこと言ってんのよう」
いつの間にかスミちゃんが立っていて、伝法な口調で切り出した。
「スミちゃん、この前話していた写真家の正木だ」
「初めまして、純代です。毎日写真を楽しませてもらっています」
改まった言い方をして、スミちゃんは頭を下げた。
「それはどうも。そう言っていただけると嬉しいです。夏原から聞いていたので、今までの連載作品と最新号を持って来ました。差し上げますので、よろしかったらご覧ください」
「わぁ、嬉しいわ」
「ヒゲ村が来なきゃいいけど。あいつも欲しいと言っていたから」
夏原がそう言った時、ドアが開いて飄々とした、あの顔が現われた。
「おっ、ニューボーン。いいねぇ、この朗々として安定感のあるタッチ。文字どおりのニューボーン・タッチだね」
正木を紹介されると、ヒゲ村は会釈をして、早速質問した。
「タイムズ・スクエアの写真は、サド・ジョーンズが写っている『ザ・マグニフィセント』のジャケット写真を意識されていますね」
「同じ場所を探すのに思いのほか苦労しました。建物がほとんど変わっていましたからね。奥の方に見える旧いビルが残っていたので、それでかろうじて判ったんですよ」
「前にマスターとジャケットを出して見比べていたんですよ。実際あのビルだけが残っていたんですね。それにしてもいいタイミングの写真ですよね」
「ほんとよね、図ったようにうまく二人だけが残されていて」
「まったくの偶然で、ほかの人たちは信号が変わってほとんど渡って行ったのに、この二人は動かないんだ」
正木の発言を受けて、写真額を見ながら夏原が言った。
「堂々としてるよね。同じようにと言っちゃ変だけど、このアルバムの1曲目の『ア・ウォーキン
グ・シング』も、実に威風堂々といった趣きだね。肩で風をきって歩く姿が目に浮かぶよ」
「作曲したベニー・カーターの、『ジャズ・ジャイアント』での演奏もいいけど、こっちの方が力強くて好きだよ」
ヒゲ村が言った。
「これを一度聴くといつまでも頭にこびりついて離れないわね」
「ボクの写真もその境地に近づきたいもんですね」
正木が真顔で言った。
「そんなことないですよ。ご謙遜でしょう」
そう言いながら、ヒゲ村の目はスミちゃんが手にしている雑誌に向いていた。
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