夏原悟朗の日々

当世時代遅れジャズ喫茶店主ものがたり /「写真+小説」形式によるジャズ小説 前田義昭作品

65. たこ焼きとモンク

2010-01-04 | ジャズ小説

Img_4231Brilliant Corners (Riverside)・THELONIOUS MONK


 久し振りに、ヒゲ村とヤッサンが揃って顔を見せていた。
「マスター、ヤッサンが仕事を辞めたんだ」
「へえ、それでどうするの」
「それがさあ、驚き桃の木だよ。中古屋に勤める事になったんだ。来月から」
「中古屋って、レコードの」
「当然じゃない。ジャズ部門を担当するんだ」
 まるで自分の事のようにヒゲ村が喋りはじめた。
「ちょうど空きが出たっていうんで」 
 初めてヤッサンが口を開いた。そして、バッグから土産物を出して夏原に手渡した。
「勤務まで少し時間があったので、神戸に行ってきました。震災後初めて行ったんですが、神戸のジャズ喫茶にぜひ行ってみたかったんです。マスターが前に言っていた『J』にも行きましたよ」
「あそこも震災の被害を受けて大変だっんたんだけど、いち早く復活したんだよね」
「高架下って雰囲気があるなぁ。店内はセビア調でレトロな感じが良かったです。あのどっしりとした飾りケースが存在感があってとても気に入りましたよ。震災前とあまり変わってないと店の方はおっしゃってました」
「昭和三十年代の雰囲気がそのまま残っているので、よく撮影に使われるらしいね」
「『J』に限らず、神戸は高架下に面白い店が多くて目が離せないです」
「へぇ、オレも一度行ってみたいなぁ」
 ヒゲ村が羨ましそうな顔をした。
「マスター、セロニアス・モンクの『ブリリアント・コーナーズ』をお願いします。何故かって言うと、とてもうまい屋台のたこ焼き屋を見つけたんですが、その親父がそっくりなんです。モンクに」
「これに」
 夏原が持ってきたジャケットの写真を指し示して、ヒゲ村が言った。それを見てヤッサンが笑った。
「これこれ。本当にこの写真とそっくりで、毛糸の帽子を被っていたからモンクそのものなんだ」
「それはそうと、関西のたこ焼きは本当に旨いよね」
「関西の ?」
「知らないのかい。ヒゲ村は東京出身だから無理もないけど。東京のたこ焼きのように転がしたら転がっていくような球体ではなく、中は固まらずにトロッとしてるからグニャっとなってるんだ。グニャっとなってるけど、皮はそれなりに歯ごたえがあるんだ」
「ほんと、そのとおりでした。醤油味で何もつけなくて食べるのがこれまた絶妙なんです。実際に味わってみないと想像できないってことですね」
「はっはっは。そのたこ焼き、まるでモンクみたいじゃない。見た目では判らないけど中身を知ると誰にも真似ができない独特の
Img_4255 モンクの味があるとこなんか」
 1曲目の『ブリリアント・コーナーズ』を聴きながら、ヒゲ村が独自の弁舌をまくした。
「ソニー・ロリンズとかでも、日頃のロリンズ色が引っ込んじゃっている部分があるでしょ。モンクというたこ焼き器で焼かれれば、すべてモンク味になってしまうんだね。そこは凄いところだよ。だからマイルスと衝突するのも無理はないんだ」
 夏原がジャケットを額に収めながら言った。
「とんだモンク論になってしまったね」
「たこ焼きからモンク。いやぁ、それにしてもよく似ていましたね。あの親父」
 ヤッサンが再び思い出し笑いをした。
「それにしてもモンクって、聴けば聴く程上手いのか下手なのか解らないなぁ。オレはいまだに」
 ヒゲ村の呟きには、誰も応えなかった。


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