Konitz Meets Mulligan (Pacific)・LEE KONITZ & GERRY MULLIGAN
「ジェリー・マリガンか」
ジャケットを見てヒゲ村が複雑な表情を浮かべた。
「いや、これはリー・コニッツを聴くレコードだよ。ジェリー・マリガン・カルテットにコニッツがゲストとして迎えられてはいるがね。ウエスト・コースト嫌いのヒゲ村にとっちゃ、どっちでもいいか」
「ウエストやイーストに限らずバリトンがいまひとつ好きになれないんだ」
「これは区分けの時、マリガンに入れるか、コニッツにするか迷うところなんです。それでこの前同僚ともめたんです。ぼくはコニッツにしたかったんですけど、相手が先輩だったもんでマリガンのコーナーに入っちゃったけど」
「ヤッサンの意見の方にボクも組するね」
夏原はヒゲ村と来ていたヤッサンに顔を向けた。中古レコード店に勤めだしてからは忙しくなったのか久し振りの来店だった。
「そんなことで険悪な雰囲気になることがちょいちょいありますよ。でもそこはお互い仕事に熱心なあまりの衝突ってことで、終業の頃には元の鞘におさまってはいますけど」
「けっこう自己主張するやつが多いからね。レコード屋は」
友達のヤッサンとはいえ、まったく遠慮のないヒゲ村だ。
「コニッツをフィチャーしたB面のこっちが凄いよ。コニッツのレコードのなかで一番出来がいいんじゃないかと思うよ。火花が散ってるね」
針の動きが『四月の思い出』にかかると、
「本当に切れ味のいい演奏です。聴いてると身が引き締まるほど凄い。さすがのマリガンやベイカーも、ここでは露払いと太刀持ちでしかありませんね」
「名刀正宗で斬り込んでくる感覚」
と、ヤッサンをフォローするヒゲ村。
「『四月の思い出』にしろこの『オール・ザ・シングス・ユー・アー』にしろ甘ったるい情緒感はいささかもない演奏だ。ヒゲ村の言う通りボーッとして聴いてたら、切先を突きつけられそうだ。これほど引き締まった緊張感を感じさせる演奏もそうはない。ペッパーの情緒感とは対極かもしれないね」
「見えない空気が斬り刻まれるいくのが見えるんだ」
「何だか解ったような解らないような、ヒゲ村らしい表現だなぁ」
夏原が笑うと、ヤッサンも同調した。
「ところで話題は変わるけど、中古の現場はどうなの」
「いやぁ、あまり良くないですけど、もともと客層のコアが小さいですから極端な変動はないようですよ。ただ高額のオリジナルにはあまり手をださなくなりましたね」
「オレが買い込んでた頃に較べりゃ、安くなってるよね。買いたい時に金は無いってことだ」
「何せ、ひどい時には一日に二回行ってた時もあったんだろ」
「マスター、それを言わないでよ。今では買いたい虫がうまい具合に押さえられてんだから。あの頃は一回行って帰って来ると、またいいのが出てるんじゃないかと気が気じゃなかったから、夕方また出かけたりしてね」
「今でもそういう人いますよ。弁当持ってきてるんじゃないかと。少しの間いなくなったと思ったらまた戻ってきたりして」
「負けるよ」
そう言って、ヒゲ村が鼻をすすった。
「どの世界でも猛者がいるんだね」
そういう夏原自身、毎日のように足を運んでいた時期もあったのだ。レコード買いにおいても、熱病にかかったようになってしまう時期が誰にもあるようだ。
「何だか今から急に行きたくなっちゃったよ」
ヒゲ村の目が輝いた。
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◎写真+小説「ニューヨーク模様」と「前田義昭という名の写真人の独白」も、あわせてご覧ください。
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