夏原悟朗の日々

当世時代遅れジャズ喫茶店主ものがたり /「写真+小説」形式によるジャズ小説 前田義昭作品

38. ジャズの尻取り

2009-04-17 | ジャズ小説

Img_3941Diggin’ The Chicks (Argo)・BILL LESLIE


「ずいぶん下手なテナーね」

 今しがた来たばかりのスミちゃんが、コーヒーも飲まないうちから言った。
「ビル・レスリーっていうんだ。たしかに下手だね。でも時々聴いてみたくなるんだね、これが」
「お料理だっていつもご馳走ばかりじゃ飽きるっていうものね」
「そんな状態になった事がないから分からないけど、ボクはご馳走だったら毎日でもいいよ」
「そうね。食べ物と音楽じゃ違うわね。本音よね。わたしも賛成」
 スミちゃんはあっさり同調して、屈託なく笑った。
「なんだかジャズメンというより、街角の屋台で焼栗でも売っていそうなオッチャンね」
 ジャケットを手にして、矯めつ眇めつ写真を見ながらスミちゃんが言った。
「でも、サイドにトミー・フラナガンやアート・テイラーの名があるじゃない」
 今度は裏面を見て意外そうな口調になった。
「ヒゲ村がいたらボロクソだろうな」
 その言い草を夏原は想像できた。
「しかし、下手なのがいるから上手さが目立つという側面もあるからね。世の中上手いやつばかりだったら、それはもう上手いとはいえないかもしれないしね。ブスがいるから美人が際立つってことさ。だから美人はブスに対して、あだやおろそかに思うなってことだ」
「何だか変な方向にいっちゃったわね。マスターがビル・レスリーを聴くのもそんなわけがあるのね。当の本人はそれで聴かれてるとは思ってもいないでしょうね。この話を聞いたらどんな顔をするのかと思うと、余計可笑しくなっちゃうわね」
 再び顔写真を見ながらスミちゃんはクスクス笑った。
「まあ、そればかりでもないけどね。こんな見ず知らずのオンボロジャズ喫茶でレコードをかけられて、話題になってるなんて思ってもいないよ。でも、顔に似合わず全曲女性に因んだ曲を取り上げているってところが愉快だね」
 そう言って夏原は、盤をくるりと一回転させてB面を置いた。1曲目はオーネット・コールマンの曲『ロンリー・ウーマン』だった。
「コールマンを意識しているのか、結構アヴァンギャルド風に吹いているわ」
「それも中途半端なところがまた面白いよね」
「そうなると、当然本家のものも聴いてみたくなるってことね」
「そう言うと思って先刻出しといたよ」
  Img_3943_3夏原は、足元に置いてあった『ジャズ来るべきもの』を取り上げた。
「こう思うとジャズを聴くのも尻取り遊びに似てるわね。次から次へとそこから連想するものを聴きたくなるわけだから」
「そう言われればそんなところはあるね。曲やミュージシャンとかで繋がってるものなんかをね」
 夏原は盤に針を置いた。
「久し振りにコールマンをかけたよ。誰もリクエストしないしね。こうやって今聴くとそんなに前衛っぽい感じはしないね。かれこれ50年近く経ってるんだからね」
「『ロンリー・ウーマン』はさすがに一時代を築いただけあって、本家のものはいいわね。結局、レスリーはコールマンの露払いの役目を果たしたわけね」
 スミちゃんのその言葉は、レスリーに少々同情するようにも聞こえた。
 終わったレコードを袋に戻しながら、夏原が言った。
「さて、次の尻取りは」


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