夏原悟朗の日々

当世時代遅れジャズ喫茶店主ものがたり /「写真+小説」形式によるジャズ小説 前田義昭作品

67. ハムレットの心境

2010-02-03 | ジャズ小説

Img_4269Philly Joe’s Beat (Atlantic)・PHILLY JOE JONES


「へっへっへっへ」
 持ってきたレコードを見つめながら、ヒゲ村は一人ニヤついていた。
「ずっと探してたんだけどやっと手に入れたよ。欲しかったんだ。ヤッサン様々だ。あまりおおっぴらには言えないけど、入荷したのをヤッサンがこっそり教えてくれたんだ。これ、マスターとこにもなかったよね」
「どれどれ、『ステレオ・モダン・ドラム・ビート』か。ペラ・ジャケにこの大時代的な書き方から察すれば、日本で編集したアルバムかもしれないね。録音日も書いてないなあ」
 夏原が裏面をじっと見据えていた。
「何年か前にCDで再発されてましたよね」
 先程からデジタル・カメラを点検していたマジ村が加わった。
「それは知ってたけど、やっぱりレコードでなくっちゃ。この黒光りしたミゾに詰まっている音とは絶対違うんだ」
「でも聴き比べても判んないよ」
「いや、そうじゃないんだ。レコードで聴いているんだという気持が大事なんだ。いろんな意味でね。実際には、相当ハイクラスのオーディオ装置でなきゃ判別がつきにくいかもしれないけどね」
 マジ村の意見にヒゲ村が少しムキになった。
「尤もぼくだってレコードに魅力を感じているのには違いないけど。ちょっと言ってみただけ」
 マジ村が大人の対応をした。
「音やモノとしての魅力がないと思っていたら、CDに気持が入っていけないよね。こっちの音の方がいいからという判断や、小さくて収納に便利だからとかの利便性でCDだという人はそれでいいかもしれない。要するに個人のこだわりや認識の問題だよね。ヒゲ村の気持としてはレコードが絶対って事だよね。尤もボクもそうだけど」
「なんだ、結局みんなの結論はやっぱりレコードじゃない。落着したところでマスター早くかけてよそれ」
 苦笑いしながら夏原が、ターンテーブルを回した。
 1曲目『ソルト・ピーナッツ』がかかると、即座にヒゲ村言い放った。
「どうしてこの曲はどれも同じように聴こえるんだろうね。例のセリフがないのとフィリーのドラム・ソロが入っているくらいかな。違うところは」
「アート・ブレイキーほどじゃないけどね」
  誰かが言うと、皆が笑った。
『ミューズ・ラプチュア』は一転して、ラテン風の親しみやすい曲調だ。マイケル・ドウンズのコルネットがなかなかいい味を出している。フィリーもピリッと香辛料を効かせるドラミングを駆使して、持ち味の切れの良さで鼓舞する。 Img_4270 リーダーたる者こうでなければならない。聴きなれた『ディア・オールド・ストックホルム』もフィリーのスティックさばきが演奏を引き締める。
「もう終わったの。裏もだよ、マスター」
 ヒゲ村がせっついた。
「それはそうとレコード買いを自粛してたんじゃなかったの」
「困ってんだ。ヤッサンが中古屋に就職しちゃったもんだから、つい行きたくなっちゃうんだ。勿論店ではヤッサンと話はしないけどね。まったく厄介なことになっちゃったなぁ」
 マジ村の痛い問いかけに、ヒゲ村は頭を抱えた。
「ニューヨークがますます遠ざかるじゃないか」
 夏原も追い打ちをかけた。
「せっかくいい気分で来たのに、またここで悩ませるのかい。まるでハムレットの心境だよ」
「ニューヨークを取るかレコードをとるか」
「シェイクスピアもびっくりだ」
 また皆が笑った。
 

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