歌:麻生詩織
作詞:作曲:伊藤薫
※哀しくって哀しくって 涙が途切れない
今は泣いて泣いて早く忘れたいの
倖せって 不倖せと いつでも背中合わせ
眠りましょう 独りの夜は※
迷い子の迷い子の仔猫
ゆうべの私に似てる
出された両手を振って
雨の中を逃げた
びしょ濡れの心が
張り裂ける思いが 私には判る
めぐり逢いは めぐり逢いは 別れの一里塚
今の人が次の季節 他人かもしれない
ああ都会はなんて綺麗 見せかけの薔薇の花
蜃気楼を見ているみたい
むかしむかし、あるところに、一人の若い木こりが住んで
いました。
ある日の事、木こりは仕事に出かける途中で、一匹のチョウ
がクモの巣にかかって苦しんでいるのを見つけました。
「おや? これは可哀想に」
木こりはクモの巣を払って、チョウを逃がしてやりました。
それから少し行くと、一匹のキツネが罠(わな)にかかって
いたので、「おや? これは可哀想に」と、木こりは罠から
キツネを助けてやりました。
またしばらく行くと、今度は一羽のキジが藤かずらにから
まってもがいていました。
「おや? これは可哀想に」
木こりはナタで藤かずらを切り払い、キジを逃がしてやりました。
さて、その日の昼近くです。木こりが泉へ水をくみに行くと、
三人の天女が水浴びをしていました。
天女の美しさに心奪われた木こりは、泉のほとりに天女が
脱ぎ捨ててある羽衣(はごろも)の一枚を盗みとって木の間
に隠れました。
やがて三人の天女は水から出てきましたが、そのうちの
一人だけは天に舞い上がるための羽衣が見つかりません。
二人の天女は仕方なく、一人を残して天に帰って行きました。
残された天女は、しくしくと泣き出してしまいました。
これを見た木こりは天女の前に出て行って、天女をなぐさめて
家へ連れて帰りました。そして盗んだ羽衣は、誰にも見つから
ないように天井裏へしまい込みました。
そして何年かが過ぎて二人は夫婦になったのですが、
ある日木こりが山から戻ってみると、天女の姿がありません。
「まさか!」 男が天井裏へ登ってみると、隠していた羽衣も
消えています。「あいつは天に、帰ってしまったのか」
がっかりした男がふと見ると、部屋のまん中に手紙と豆が
二粒置いてありました。その手紙には、こう書いてありました。
《天の父が、あたしを連れ戻しに来ました。あたしに会いたい
のなら、この豆を庭にまいてください》
木こりがその豆を庭にまいてみると、豆のつるがぐんぐん
のびて、ひと月もすると天まで届いたのです。
「待っていろ、今行くからな」
木こりは天女に会いたくて、高い高い豆のつるをどんどん
登って行きました。
何とか無事に天に着いたのですが、しかし天は広くて木こり
は道に迷ってしまいました。
すると以前助けてやったキジが飛んで来て、木こりを天女
の家に案内してくれたのです。
しかし天女に会う前に、家から父親が出て来て「娘に会い
たいのなら、この一升の金の胡麻(ごま)を明日までに
全部拾ってこい」と、言って、天から地上へ金の胡麻を
ばらまいたのです。
天から落とした胡麻を全て拾うなんて、出来るはずが
ありません。とりあえず金の胡麻探しに出かけた木こりが、
どうしたらよいかわからずに困っていると、
以前助けてやったキツネがやって来て、森中の動物たち
に言って天からばらまいた金の胡麻を一つ残らず集めて
くれたのです。
木こりが持ってきた金の胡麻の数を数えた天女の父親は、
仕方なく三人の娘の天女を連れてくると、「お前が地上で
暮していた娘を選べ。
間違えたら、お前を天から突き落としてやる」と、言うのです。
ところが三人の顔が全く同じなので、どの娘が木こりの
探している妻かわかりません。
すると、以前助けてやったチョウがひらひらと飛んで来て、
まん中の娘の肩にとまりました。
「わかりました。わたしの妻は、まん中の娘です」
見事に自分の妻を言い当てた木こりは、妻と一緒に
地上へ戻って幸せに暮らしたということです。・…
おしまい
飛行中の旅客機で、乗客が突然胸をおさえて苦しみだし、
CAが、「この中に、お医者さんはいらっしゃいませんか?」
と探すシーンを、ドラマなどで観ることがある。
だが、よく考えてみれば、医者というのは、外科、内科、
小児科、産婦人科、整形外科、耳鼻科、皮膚科、眼科
など専門ジャンルが分かれている。
たとえば、皮膚科の先生が、胸の痛みで苦しむ患者に
どれだけの応急処置をできるかという疑問は
あるのだが……。
「お医者さんって、心臓とか内臓とか見て気持ち悪くないん
ですか?」 よく聞かれる。
期待を裏切るようで残念だが……全然気持ち悪くない。
むしろ気持ちいい。
内臓を見て気持ち悪くないとは異常な感性なのかもしれない。
確かに、生まれて初めて人体解剖の御遺体を目の前に
したときは、貧血を起こしたり、ひっくり返ってしまった
同級生はいた。
だが、学生時代から解剖を経験して、さらに現場に出てからは、
日々体を切って血を見ているので慣れてしまうのだ。
手術室の廊下を歩いていくと、消毒液や焼けた肉の匂いもする。
色々な音も聞こえる。心電図の音、水や血液を吸引する音、
トンチンカンチン……ノミをトンカチで叩く音などなど。
手術では、腹を開き内臓を摘出する。骨折ならば、筋肉の
奥にある骨を露出する。あるときは血が噴き出し、顔に
返り血を浴びることもある。
一刻を争うときは怒号が飛び交う。 「バカヤロー、急げ!」
そんな殺伐とした手術室にもかかわらず、そこは外科医
にとって一種のリラクゼーション・ルームなのだ。
先ほど、「心臓とか内臓とか見ても気持ち悪くない」と書いたが、
それは「見慣れたものならば大丈夫」という前提での話だ。
逆に言えば、「見慣れていないものはやっぱり気持ち悪い」
ということになる。
見慣れていないもの……たとえば私の場合、内臓も骨も
見慣れているから大丈夫なのだが、脳神経外科の手術は
あまり見慣れていない。
頭皮というものは血のめぐりが非常に良い組織だ。
転倒してちょっと切っただけでも結構出血する。
さらに頭蓋骨を手術用電動ノコギリで切るのも少々驚く。
手足や体の骨の手術をしたことはあるから、ひっくり返るほど
驚かないが、それでも頭蓋骨を開くときは少々ビビる。
頭蓋骨を開けるとすぐに脳が出てくるかというとそうではない。
ちょうど、カニの缶詰めの包装紙のような膜に脳は包まれて
いる。この膜を切り拓くと鮮やかなピンク色の脳が現れるのだ。
もっと私がビビる手術がある。 それは眼科の手術だ。
後学のために、友人に頼んでときどき眼科の手術を見学
したことがある。
眼球にメスを入れるときはゾッとした。 「ヒェーッ!
そんなとこ切っちゃうのー?!」
「佐々木、ヒェーッとか言わないでくれる?
患者さん意識あるから」
手術の後、友人とこんな会話をする。
「なぁなぁ、目玉切って大丈夫なのか?」
「おいおい、お前医者だろ?」
「切ったところ縫うのか?」
「昔は縫ってたけど、縫わなくてすむオペもあるよ」
専門外だとこんな素人みたいな質問をしてしまう自分
が恥ずかしい。
両極端な整形外科医と精神科医
外科医であれば大概のことは平気なのだが、内科系の医者
にとって、手指の手術はかなり気持ち悪いらしい。特に
手術から一番縁遠い精神科の先生がそうだ。
精神科の医者が、機械で損傷した手の手術を見学した。
整形外科の執刀医が手術中に所見を丁寧に説明していた。
「静脈が何本か切れています」
「静脈切れちゃっても大丈夫なの!?」
「焼いちゃいます」
「それと腱が切れてますね。切れた腱を引っ張ると、
どの指の腱かわかります。ほら、人差し指動くでしょ。
握ってぇ、伸ばして。握ってぇ……」 まるで指が生きて
いるように、人差し指がスムーズに動く。
「もういい、もういい。や、やめて! 指、動かさないで!
なんだか気持ち悪くなってきた。俺、外で待ってるよ」
整形外科医がドヤ顔で言った。 「しょうがねぇなぁ、
精神科医は」
今度は整形外科の医者が、精神科の電気ショック療法
を見学しに来た。
全身麻酔で患者さんは静かに眠っている。頭に電極を
取り付け、いざ電気ショック開始!と同時に眠っていた
患者さんが苦痛の表情を浮かべて体をのけぞらせる。
見学の整形外科の先生は、まるで自分が電気ショックを
浴びたように思わず体をのけぞらせた。 「ウヮーッ!
痛そう! 痺〈しび〉れる! もういい、もういい、やめて!
もう終わりにしてあげて!」
「はい…では2回目」 「ウヮーッ!」 精神科の医者がニヤリ
としてつぶやいた。 「しょうがねぇなぁ、整形外科医は」
このように見慣れない手術は医者でも気持ち悪いものだ。
これまであちこちで聞いた「専門の処置以外したくない」
という医者仲間の声がよみがえってきた。
では、質問です。
若い研修医が、たった一人の当直医として病院にいると
仮定します。次に挙げる①から③のケースのうち、
来院されたら困るなあと思うのは、どの患者さんでしょう?
①軽い頭痛を訴えて、歩いて来院してきた60代男性。
②包丁で指を切ってしまい、血が止まらない30代女性。
③胸痛を訴えて救急搬送された50代男性。
たぶん①の頭痛の主治医ならできるかも、と思ったのでは
ないだろうか? それ以外は外科の処置や専門の知識が
必要で、③は緊急性を要する。
やはり①がいちばん安全そうである。 しかし、実際当直して
いる医者の反応は、その専門によってまったく異なってくる。
内科医の本音は「縫う処置なんか絶対やりたくない」
質問①のケース。 たとえば内科医が当直していたとしよう。
「先生、今から頭痛の患者さんが来ます」と連絡が入ったら、
「いいよう」と気安く受けてくれる。
患者さんの話を聞いて、診察して、検査を色々考えてオーダー
する。きちんと診断して、起こり得るリスクも説明して、
薬を出して、「はい、おだいじに」。
ところが、この内科医に、「先生、指のナート(縫合)の患者、
今から来ます」と連絡が入ったら、「ムリムリムリ! 俺、
内科だから」と断るに違いない。
縫う処置なんかは絶対にやりたくない。たとえ1ミリだって
やりたくない。骨折なんか絶対に嫌だ。それが内科医の
本音だ。
質問②のケース。 実際、指のケガは結構出血するので、
処置には経験が必要だ。内科医が指の処置をしたら悲劇
でもあり喜劇にもなる。
「看護師さん!血が止まらないんだけど!」
「バイポーラ(止血用のピンセット)で焼きますか?」
「焼きたい! 焼かせて! 早く! 早く持ってきて!」
ここから出血、その隣から出血。まるで、もぐらたたきのように
内科医は出血部位を焼きまくる。いや、指は小さいのだから、
しらみつぶしといったほうが適切か?
指は血液の循環が豊富で、小さな傷なのに、ピュッと血が
はねたりする。 「止まれ! 止まれ! くそ!」 焼いても
焼いても血は止まらない。
処置が終わったときには、傷は焼け焦げたサンマのように
なっていたりする。
整形外科や形成外科のドクターなら、ケガの処置に慣れている。
「指って出血するけど、ガーゼに包んで包帯巻いて、手を
上に挙げておくだけで、結構血は止まるんだよ」 いたって
冷静だ。そしてさっと縫って一丁上がり!
ところが今度は、整形外科医が当直しているところに、
「先生、頭痛の患者さんが来てます」などと連絡がきたら、
整形外科医は頭を抱え込んでしまう。
「えーっ!? 頭痛?」
頭痛をなめてはいけない。そのとき、医者は様々なケース
を想定する。 「セデスを飲めば治る頭痛かなぁ」
「脳出血の前兆かな?
逆に脳梗塞かも」 「モヤモヤ病って病気あるよなぁ」
「うわっ、おじいちゃん、あくびしてるよ。
夜中だから眠いだけ? それとも……」 あくびは脳の血流
が低下した患者さんによく見られる症状である。
そんな可能性を考えて、患者さんや家族に一つ一つ質門し、
検査を組むのでとても面倒な作業になる。
「くそっ! わからねぇ。だから頭痛はイヤなんだ!」
傷の処置ではあんなにカッコよかったのに、今度は明らか
に精彩を欠く。
質問③のケース。 どんな医者であっても、胸痛の診断は
緊張を強いられるものだ。
この場合は、やはり最初から循環器内科(心臓専門の内科)
へ搬送する。大きな病院の救急外来には、患者さんが昼夜
の別なく、救急車で搬送されてくる。
ひどい狭心症なら即座に心臓カテーテル検査をして、血管の
治療を行う。場合によっては検査中に患者さんの容体が
急変することもある。
そんな修羅場の中にいても、循環器内科医の本音はこうだ。
「やっぱり心臓にカテーテル入れてるときがいちばん
落ち着くよね。……」
名古屋市天白区の藤城加恵子さん(74)の家の押入れには、
リボンが付いた麦わら帽子が大切にしまってある。
ときどきそれを眺めては温かな気持ちになるという。
3年前の9月23日のこと。帰宅した中学生のお孫さんが
「お兄ちゃんが近くの道路でアルバイトをしていた」と
報告に来た。
見に行くと、マンションの道案内の看板を持って舗道に
じっと座っていた。
残暑厳しい日で、汗だく。ずっと野球部だったお孫さんは
「炎天下での練習は慣れているから」と帽子もかぶって
いなかった。
お孫さんは帰ってくるなり、麦わら帽子を差し出して
話し始めた。通りがかりの知らないおばさんに「まあまあ、
この暑いのに大丈夫?」言われ、
自分がかぶっていた帽子をお孫さんの頭にかぶせてくれた
というのだ。 別のおばさんは「これ飲みなさい」と言い、
ペットボトルの冷たいお茶をくれた。
わざわざ、コンビニまで買いに行って。他にも何人もの人から
「暑いから気を付けてね」と声を掛けられたという。
藤城さんは、その時お孫さんが口にした言葉が忘れられ
ないという。
「初めてのアルバイトで見ず知らずの人に親切にしてもらい、
お金だけでなく人の心のありがたみを得ることができた。
一生忘れない」と。
大学3年になったお孫さんは、コンビニで買い物をすると
お釣りを募金箱に入れているという。
近所の幼稚園や小学校の子どもたちと遊んであげたりもする。
藤城さんは「あの麦わら帽子のおかげかもしれません。
これからも帽子とともに心身の成長を見守って行きたい
と思います」と言う。 ・…