貧者の一灯 ブログ

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貧者の一灯・漢の韓信

2022年06月27日 | 流れ雲のブログ









  









愛憎

伍子胥と熊勝、そして専諸(子仲)は、危機を脱し
呉への道を急いだ。

しかしその途中で三人揃って流感にかかるなど、
道中は困難を極めた。

ときには物乞いをして空腹を満たしたことも
あるくらいである。

しかしどうにか彼らは呉に入国することに成功した。

このとき彼らを迎えたのは公子光こうという人物で、
その立場は将軍である。

当時の呉王と僚とは従兄弟いとこの関係にあり、
光の方が年長であったにも関わらず、よく王に
仕えている印象であった。

その彼が、王に一行を紹介したのだった。

「君たちは、楚に追われてこの呉に入国したと聞くが、
そのような時流に逆らう生き方は、可能なのだろうか?」

公子光は初対面の際、そのようなことを彼らに聞いた。
質問の真意は定かではなかったが、伍子胥は一団
を代表して答えを示した。

「人の縁にうまくすがることができれば、
可能かと存じます。

現に我々は、ここまでの道中に何度も危機が
ありましたが、その度に人に救われて、
いまこうして生き存えております」

公子光はその答えに感慨深そうな溜息を漏らした。

「ふうむ。言い換えれば、いかに人を味方につけるか
ということだな。君たちには、楚に仇を討つという
目的を持っていることと思うが、もちろん私としては
こうしてわが呉を頼ってこられた以上、それに
協力してあげたいと思っている。

ただ、私にも秘めた思いというものがあるのだ。
それがなにかはいまここで話すことはできないが……」

「我々の入国に協力していただいた。
必要なときは、ぜひ協力させていただきたい」
伍子胥はためらいもなくそう言った。

子仲にとって意外なことに、伍子胥は存外
義理堅い男であった。

「そうか。その必要があるときは改めて依頼する。
きっとだ」公子光はそう言って立ち去っていった。

別れの際に見せた笑顔は、腹心の共を得た
会心の笑みであった。

公子光はひそかに現状を打破したいと思っている…
…子仲の目にも、伍子胥の目にもそれは明らかだった。
ただそれが何かはまだ具体的にわからない。

その後しばらくして、楚と呉の間に紛争が勃発した。

きっかけは国境に跨がる桑畑の所有権についてである。
養蚕で生計を立てる女たちの争いが、国同士の
争いに発展したのだった。

先に手を出したのは、楚の側である。
しかしやがて迎え撃った側の呉の方が攻勢に転じ、

結果鍾離しょうりという地と居巣きょそうという地を
楚から奪い取ることとなった。

このとき将軍として呉軍を指揮したのが、
公子光である。

伍子胥は帰還した公子光を讃え、その指揮能力
を高く見積もった上で呉王僚に進言した。

「もう一度公子光を遣わせば、楚を撃破することが
可能です」 この伍子胥の言に呉王僚はその気
になりかけた。

しかし、伍子胥にとって意外なことに公子光自身が
これに反対したのである。

「伍子胥という男は、楚に親兄弟を殺されたものですから、
仇を討ちたいという気持ちが先走っているのでしょう。

その気持ちはわかりますが、いま楚を討ったとしても
撃破できるとは言えません。時期尚早かと思われます」

伍子胥はこの発言を人づてに聞き、驚いた。

彼はてっきり公子光が戦果を挙げることで
名を挙げようとしているのだと思っていたが、
実はそうではないことに気が付くに至った。

「子仲。いや、専諸よ。公子光の目的は奈辺に
あると思う?」彼は子仲を呼び寄せ、相談した。

子仲はしばらく考えていたが、やがて押し殺した声で
ひとつの解答を示した。

「現在の呉王である僚様は…呉の五代目の王です。
僚様は四代目の息子であるのですが、これに対して
公子光様は二代目の王の息子なのだそうです」

「ふむ」「順当に行けば光様は今ごろ呉王の座を
得ていたことでしょう。

それがどうしたことか僚様にその座が転がり込んだ……
彼が不満に思っていたとしても不思議ではない」

「…では彼はひそかに王座を狙っているというのか。

それも穏当に順番を待つということではなく……」
「おそらく彼は、今上の王を自らの手で除いて
その座を得ようと考えています。

いまは、その機をうかがっているに違いありません。
外征で戦果を得て名声をえることよりも、呉王の隙を
見つけ、その座を奪うことの方が先決だと考えて
いるのではないでしょうか」

「……そういうことか!」

公子光は、鋭気を隠して機を狙っていた。
そのことを悟った伍子胥は、子仲に策を提示する。

「子仲、お前に頼みがある。公子のもとに仕えてくれぬか」
子仲は、突然のことで驚いた。

仕えて、いったい何をせよというのか。
「今後の事態の展開次第では、重要な役回りを
任されるかもしれん」

「……子胥どのは、今後どうされるのです」
「しばらく畑でも相手にするさ。

天下が動くまで、そうするつもりだ」

伍子胥は自分に何かを期待している…
…子仲はそう感じたが、それが何かはわからなかった。

公子光の野心を利用して、彼は憎き楚に復讐
しようとしているのか……。

私は、その手助けをするべきなのだろうか。
それは、人として正しい道なのか?

子仲は疑問に感じたが、結局伍子胥の
意向に沿う形をとった。 ……












「知に働けば角が立つ。
情に掉させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
兎角に人の世は住みにくい。」

とは夏目漱石の「草枕」の一節だ。

知恵があるのは良いが、知を前に出しすぎると
角が立って人間関係は必ずしもうまくいかない。

だいたい、頭の良い人というのは自分勝手で
つきあいたくないものだ。

情が深いのは大切だけれどベトベトしてくる。
意地も人間には必要だがガチガチになる。

漱石は嘆く。

偉そうな顔をしてもっともなことを言う。
でもよくよく考えるととんでもないこともある。
こんなに社会が複雑で動きが速くなるとさらに
この世は住みにくい。

ある女性が嘆いた。

「甘みの抑えてあるものって危ないのよ。
油断してつい食べる量が多くなって・・・」
と深刻だ。
一口食べて甘ければ「これは危ない」と
思うので食べる量が少なくなる。

「甘さが抑えてあるな」と思うとつい食べてしまう。

結局、砂糖をとる量は同じだから甘くても
甘くなくても体重は同じということになる。

毒物も同じだ。毒物を減らすのは大切な
ことなのだが、毒物には規制値がある。

規制値というのは「毒物と人間や動物の関係」
で決まるから、100ppmとかいう「数字」で決まっている。

仮に今まで1ppmの製品を100ヶ売ると規制値の
100になるので、100ヶしか売れなかったメーカー
があったとする。

このメーカーが研究開発して毒物の量を
0.1ppmに減らしたとしよう。

会社は「環境に優しい製品ができた」と宣伝し、
研究者も受賞したりする。

ところが結果はそれほど感心したものではない。

今までは100ヶしか売れなかったが、今度は1000ヶ
売っても規制にかからない。

かくして生産量は10倍になり、大量消費になる。

実は、産業革命以来、人間社会が「大量生産、
大量消費」になったもっとも大きい原因は

「よかれと思ってやればやるほど、
良くなくなる」ということだった。

女工さんが一日10時間働いて1万メートルの
糸を引くより、機械を改良して毎分1万メートル
の糸を作った方が女工さんも楽だし、
生産効率も高い。

でも、結果は予想外の方向に進む。

生産量が600倍になり、みんなが衣服を大事に
せずに使い捨てするようになる。

気を消すと「省エネルギー」になるという。

でも歴史的事実は「省電力にするほど電力消費量
が増える」。

個別の行動が全体として反対の現象として現れるの
を経済学では「合成の誤謬(fallacy of composition)」
というが、環境は総合的なので合成の誤謬が多い。

目の前にあるペットボトル、使い終わってもいかにも
きれいでこのまま捨てるのはもったいない。
かといってリサイクルをするとかえって資源を使い、
ゴミが増える。

考えにくいが仕方のないことだ。

現在の日本人は日本の自然からとれる食料や物質、
そしてエネルギーの実に1000倍も使っている
(計算は愛知県)。

豊かな生活をするには1000倍必要というわけである。
もしこのままの生活で「自然のものが環境に良い」
といってバイオマスなどを進めたらすぐ自然は
枯れ果ててしまう。

私たちの幸福は「あふれるほどのものに囲まれれば
幸福になる」というようなものではない。

物やお金が多くなれば心や幸福は遠ざかっていく。

物をとるか心をとるか、お金を取るか幸福をとるかは
二者択一であり、それを選ぶのは自分である。

私は約束の時間が2時なら1時に行く。
結婚式が2時から始まるのなら12時には会場に行く。

約束の時間を気にしながら家にいる時間より、
待ち合わせ場所の近くでゆっくりする時間の
方が豊かな感じがする。

190円でも320円でも電車賃は気にならない。
190円だから行く、320円なら止めるというなら
私は行かない。

財布の底をはたいても、次の食事を抜いても、
会いたい人なら会いに行きたい。

だから切符を買うときには値段を気に
しないようにしている。

給料が20万円と30万円。仕事の内容は同じ。

そんな時、30万円の方を選ぶようになったのは
それほど前ではない。

自分の生活が18万円なら20万円の方がよいのだ。
よけいに12万円もあると不幸になる。

良い環境とはそういう人にしか見えないのかも知れない。