かもうな
すず風 第一之巻(二)
治郎はその子馬に駆け寄り頬釣りした。子馬は治郎が来てくれるのを
待っていたかのようにその薄汚れた軀を治郎に擦り寄せた。
運命とはどのような出会いを生むか分からないものである。
神は「すず風」という駿馬を治郎に授けたのであった。
養父時右衛門は馬を飼うにあたって治郎に一つだけ約束をさせた。
すず風の手入れ、餌やり全て治郎が行うことそれだけである。
それからの治郎は常にすず風と共にあった。夜は廐舎(馬小屋)で寝、
朝起きては水やり、餌やり、毛並みを整え周辺を散歩する日課が続い
た。
月日が巡るのは早いものである。
宝暦元年(1752)治郎は18歳の凛々しい青年、すず風は5歳駒と成長し
ていた。子馬の時には見えることが無かった白い七斑(はん)がくっき
りと見えて美しい。
ちなみに「七斑」とは
鼻筋に一、下唇に一、四脚に四、尾尻に一の白斑で、この斑ある馬は非
常に珍しく「才馬」とも呼ばれ、よく神社等に御神馬として奉納される。
運命とは不思議なものである。
治郎との出会いが無かったならばすず風は、おそらく一生駄馬としての
苦難の道を歩んだことだろう。
運命の神は治郎に駄馬を与え、駿馬にする試練を与えたに相違ない。
・・・続く・・・