誰でも自由なこころで 時代小説「かもうな」掲載中

江戸時代の仙臺藩髙橋家に養子に入った治郎の生涯を愛馬のすず風を通して描いた作品です。時代考は本当に大変でした。

かもうな すず風 第二之巻(六)

2023年03月24日 14時56分02秒 | 日記

広瀬川慕情 野路 由紀子

かもうな

すず風 第二之巻(六)

   右に清流青葉川(広瀬川)、左に青葉山峡谷を望み、遥かには花壇が見えてくる。

   すず風は放たれた蝶の如く追廻馬場を幾度となく駆け抜けた。

   いよいよ立ち透かしの大技に入る。治郎は手綱を抑え馬場に円を描くかのように

   すず風を走らせた。

   衣鐙をしっかりと踏みしめ走行の衝撃を吸収し、腰より上の安定を図りつつ馬脚を

   一段と早くしすず風の能力を最大限に発揮させる。

   既にすず風の軀は汗で濡れていたがそれに耐える力を持っていた。

 

   治郎とすず風はそのとき何を思って居ただろうか。

   この世で生を受け互いに出会えた喜びと、二度とは繰り返しが効かない人生の大切

   さを感じていたことだろう。

   すると突然中廐の方から「見事」という言葉と共に「ワアー」という歓声が上がり

   拍手が聞こえてきた。驚いたのはすず風である。

   治郎はすず風の首筋を優しく撫でながら素早く体制を立て直すと再び立ち透かしの

   大技に入る。

   運命の神は治郎に駿馬を与えたのであった。

   声の主は勘定奉行の星清左衛門で、側には御用馬方の戸津新之丞と厩頭の鈴木与一

   郎が笑顔で控えている。

   「お見事で御座った。さて貴殿の名はこの与一郎から聞き申したが、お住まいはど

   ちらかな。」

   「はい 東一番丁の梅屋敷でございます。」と治郎は屈託がない。

   「それにしてもあのような見事な立ち透かしは近年見たことがない。誰に主従なさ

   れたか」

   「はい 父で御座います」

   「時右衛門殿がのう。人は見かけによらぬもじゃて、精々お励みなされ」と小太り

   の軀を揺すらせながら二ノ丸に向かって歩きだした。

               ・・・続く・・・