もともとは米国の技術だったが、昭和43年に新日鉄の開発チームが性能を飛躍的に高める
製造技術を確立。
以降、同社は方向性磁性鋼板のトップメーカーとなり、多大な利益を得ている。
しかし、平成16年ごろからその地位を脅かすライバルが現れた。ポスコだ。ポスコは以前
から類似の鋼材を手がけていたが、「急激に品質がよくなった」(新日鉄幹部)。価格も安く、
次々に顧客をつかんでいった。シェア約3割の新日鉄に対し、ポスコも2割程度と一気に
差を縮めた。
一方で、業界内にはある噂が広がった。「新日鉄の技術がポスコに流出したのではないか」-。
新日鉄はポスコ側に真偽を問い合わせたが、独自技術と言い張るばかり。
「何十年もかけ、数百億円を投じてきた技術が、なぜこんなに早く追いつかれたのか」
(宗岡正二社長)。疑念は募っていった。
平成19年、ポスコが韓国で起こした裁判をきっかけに事態は急転した。
ポスコは、同社の元社員が方向性電磁鋼板の技術を中国の鉄鋼メーカーに売り渡した
として提訴。
事情を知る業界関係者は、「ポスコ側に情報を漏らしたのは1人ではなく、グループだ」と
指摘する。1990年代に新日鉄を退社した開発担当者を含む数人が関与したらしい。
新日鉄が提訴したのはグループのリーダー格とみられる。
新日鉄は、方向性電磁鋼板の製造方法は特許出願していない。秘中の秘の技術は表に
出さず、隠すのが通例。ただ、関連特許は数多く、元社員とは秘密保持契約を結んでいた。
元社員はどのように取り込まれたのか。ポスコに限らず、日本企業の退職者を積極的に
雇用する外資は多い。多額の報酬が提示されることもある。「エージェントを通じて慎重に
接触し、籠絡(ろうらく)する」(事情通)ケースもある。
技術を流した側と受け取った側の関係を立証するのは難しい。裁判は長期化が予想される
が、新日鉄側は「明らかな形で情報が流出した証拠をつかんでいる」として勝訴に自信を
見せる。
しかし、裁判で元社員は「渡したのは(ポスコの技術でなく)新日鉄の技術」と証言した。
これを受け、新日鉄が調査を開始。
同社元社員の証拠差し押さえを経て今回の提訴に至った。