後書きにもあるような、下記のことを銘記すべしと実感できた。
この本はあくまでも英文学、
むしろ英語文学の作品であることを忘れないほうがいい。
訳がいかに巧みで、会話が日本語としていかに滑らかに流れていても、
登場するのがすべて日本人でも、これは日本文学ではない。
会話はちょっと普通の日本人の会話ではないと、読み始めるとすぐに感じた。
何と読みにくい文章なのか、こんな会話はあり得ないと思いつつ、
それでも今回は読了を目標として、他の本に移ったりせず、
少しづつでも読み進むことを決意して読んだ。
カズオイシグロは日本では幼児期を過ごしただけで、
完全な英語世界で育った人だから、
出てくる日本人は想像の中で描いた姿を書いたのではないだろうか。
しかも戦後間もない頃の日本人を書くのは、難しいのではないかと思う。
小津安二郎の東京物語で岸恵子が話す日本語とよく似ているが、
それは訳者の小野寺健氏の文体での印象であって、
カズオイシグロのそれではないのかもしれないが。
戦後と言う価値観が大きく変わってしまった難しい時代に、
自立を目指す女性の姿を描いたと言われれば、そうなのか・・・と思う。
省略されている部分も多いので、よくわからないのだが、
少し無理をしながら自分の生き方を貫いた結果、
主人公の悦子も、当時の知り合いの佐知子も、子供に犠牲を強いてしまった。
話の展開はそうなのだが、そこで何かを主張しようとするわけでもない。
曖昧なままに話は終っている。
話は違うが、
どうやら「私を離さないで」の映画は見逃してしまったようだ。
あまり大々的に宣伝していなかったこともあるが、
ホームページの予告編を見て、大変悔しい思いになった。
でもいつか必ず見てやろう。
この本はあくまでも英文学、
むしろ英語文学の作品であることを忘れないほうがいい。
訳がいかに巧みで、会話が日本語としていかに滑らかに流れていても、
登場するのがすべて日本人でも、これは日本文学ではない。
会話はちょっと普通の日本人の会話ではないと、読み始めるとすぐに感じた。
何と読みにくい文章なのか、こんな会話はあり得ないと思いつつ、
それでも今回は読了を目標として、他の本に移ったりせず、
少しづつでも読み進むことを決意して読んだ。
カズオイシグロは日本では幼児期を過ごしただけで、
完全な英語世界で育った人だから、
出てくる日本人は想像の中で描いた姿を書いたのではないだろうか。
しかも戦後間もない頃の日本人を書くのは、難しいのではないかと思う。
小津安二郎の東京物語で岸恵子が話す日本語とよく似ているが、
それは訳者の小野寺健氏の文体での印象であって、
カズオイシグロのそれではないのかもしれないが。
戦後と言う価値観が大きく変わってしまった難しい時代に、
自立を目指す女性の姿を描いたと言われれば、そうなのか・・・と思う。
省略されている部分も多いので、よくわからないのだが、
少し無理をしながら自分の生き方を貫いた結果、
主人公の悦子も、当時の知り合いの佐知子も、子供に犠牲を強いてしまった。
話の展開はそうなのだが、そこで何かを主張しようとするわけでもない。
曖昧なままに話は終っている。
話は違うが、
どうやら「私を離さないで」の映画は見逃してしまったようだ。
あまり大々的に宣伝していなかったこともあるが、
ホームページの予告編を見て、大変悔しい思いになった。
でもいつか必ず見てやろう。
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