鶯の声法悦と目を瞑る

2020年06月02日 | 俳句
2月下旬~3月中旬に詠んだ句の投句結果が獅子吼6月号に掲載された。
久しぶりに「踏青」の巻頭が取れ、7句中の5句が掲載されて嬉しかった。
しかしながら添削の部分も多い。
添削の根拠が何処にあるのかをゆっくり自問したい。

<掲載句>

三月の里に鴉の塵漁り

啓蟄や吾ウイルスに蟄居して

三椏や人寄ることも出来ぬ世に

牡丹の芽にやはらかく昼の雨

★鶯の声法悦と目を瞑る

★「鶯の・・・」抄評(宗匠コメント)
 聴覚の世界と視覚の世界は聴覚の勝利によって折り合いが付けられた。
 一句の眼目は「法悦」の一語であること、言うまでもない。
 私もずいぶん前に、蝉の声と「法悦」を結んで一句を成したことがあったが、
 それが無常観の裏打ちで観念性があるのに対し、
 この句は官能的であり、その分より深い味わいを生んでいると思う。


<添削の箇所>

元句 三椏や人寄ることも出来ぬ世か
添削 三椏や人寄ることも出来ぬ世に

元句 牡丹の芽のやはらかく昼の雨
添削 牡丹の芽にやはらかく昼の雨

元句 鶯の法悦しばし眼を瞑り
添削 鶯の声法悦と目を瞑る


<非掲載句>

鯉の作す水輪の先は梅の園

朗朗とブラスは響む黄水仙

2 コメント

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元句と (きりぎりす)
2020-06-04 17:11:13
添削の併記は面白いし参考になりますね。
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納得します (健人)
2020-06-05 10:47:32
一文字違うと意味は大きく変わります。「三椏」と「牡丹」は本当はこういうことを言いたかったんだと自分で納得しました。
「鶯の法悦」ではちょっと意味が通じにくかったですね。直していただいたこの句をトップに掲載して頂きましたヨ!
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