小麦句会 on blog

俳句「麦の会」の句会のひとつです。 ネット句会を月二回行っています。 この句会は誰でも参加できます。

第490回小麦句会結果発表1

2022年12月08日 11時51分04秒 | 1日句会

12月。

クリスマスと年末年始の商戦で街の中や大型スーパーの景色が一転。

毎年のことながら、12月ほど景色が変わる月はないのかも。

慌ただしいけれど、カウントダウンが始まるまでは、2022年・・・・。

少しでもほっとする2022年の最後になって欲しいものだ。

 

句会結果お届けします。

今回も2回にわけて。

 

★結果発表

 

眺望や常緑樹に来る冬の虻    ちせい

 

パフェ・ア・ラ・ショコラ崩し冬日の銀の匙   アネモネ

〇(楊子)何も書いてはないですが、きっと別れの詠みですね。

○(餡子)どうやってどこから匙を入れようかな・・幸せな光景。

〇(藤三彩)冬の陽の中で中勘助の『銀の匙』を読んでいるよう

〇(珠子)あのてんこ盛りのパフェに惑わされずに、「冬日の銀の匙」できっちり締めたのがいいですね。

○(幹夫)具体的な銘柄が効いている。

○(敏)私らの世代では「銀の匙」といえば中 勘助の自伝的作品を思い出すのですが、欠氷などではなしに「パフェ・ア・ラ・ショコラ」をすくい取る作者ではテレビアニメ?の銀の匙のほうに実感があるのでしょうね。

〇(まきえっと)おしゃれです。

◎(あき子)美しい銀の世界が広がります。「崩し冬日の」の音調の変化が絶妙です。

〇(めたもん)そんなのあるの?食べたの?どうだった?と思わせる楽しいスイーツ名。渋めの中七・下五との取合せが絶妙。

◯(アゼリア) 冬日の銀の匙でますます美味しそうです。

 

抹茶パフェにパクつく休暇山眠る  カンナ

 

冬天へ山伏崖に法螺を吹く    アゼリア

〇(アネモネ)法螺貝の音がすがしく聞こえてきます。

○(あちゃこ)あの人影は山伏なのですね。戦を止めよと願い込め吹く法螺なのでしょう。

○(アダー女)高校生の時、友人と出羽三山の一つ、羽黒山の宿坊に何日か泊まったことがあります。受験勉強の名目が、勉強そっちのけで遊んでいましたが。その折、山伏の吹く法螺を吹かせてもらったことがありますが、これがなかなか難しい。冬の天に向かって法螺を吹くという揚句は遠い昔を思い出させてくれました。

○(仙翁)ほらを吹くが滑稽ですね。

○(ちせい)興味深い場面です。「冬天」が活きて居ます。

 

冬空へもうすぐ鳥になる途中    餡子

○(泉)意味不明ですが、魅力的な俳句だと思います。

〇(瞳人)どんな呪文をとなえましょうか

◎(卯平)詠み手の高揚感と冬空の断絶。上五の措辞で中七下五の景が明確になった。「よだかの星」を彷彿させる。

○(仙翁)鳥になれればいいですね。

◎(敏)何とも詩的な作品。俳句というより現代詩の一行と言ったほうが相応しいようです。

〇(あき子)冬空へ鳥になって飛び立ちたい思い。写真からこんなに気持ちの良い句ができるんですね。

◎(道人)鳥になりたくて絶巓に立っているかのような写真の人物像に共鳴。「冬空へ」が佳い。

〇(めたもん)鳥が白鳥なら人の生。あの舞ちゃんなら夢への努力。様々に想像できるところが魅力。

◎(宙虫)本当はまだ明るい秋のうちに鳥になることができたらベターだったんだが。解放感と「冬空へ」へ向かう気力のバランスが面白い。

 

登り来て峠の地蔵木の葉雨      仙翁

◯(道人)写真から飛躍して詠んだ「峠の地蔵」の具象が魅力的。やや「来て」の「て」は気になるが。

◯ (アゼリア) 時代劇のワンシーンのようですね。

 

極月の平凡な恋抹茶味    あき子

〇(楊子)平凡な恋がいいです。今年もおわりますね。抹茶味も効いています。

○(餡子)真砂女のように寂聴のように、とてつもない恋の人生を生きた方は別として、矢張り平凡な恋が一番ではないでしょうか?渋い抹茶の味の良さがわかるときが来るでしょう。   

〇(カンナ)パフェの写真のシチュエーションから離れて詠んだのがよかった。

○(あちゃこ)抹茶味は、ほろ苦く、後味はよろしいかと。

○(卯平)抹茶味が平凡、どうやら詠み手は茶道の世界には疎いらしい。しかしこれが今回の氷菓子(パフェ)の味であればその凡は共感。その味と今回の詠み手の恋が近いと言うならば、相当の経験者であろうか。それも極月だからこの恋の先行きを暗示している。

〇(まきえっと)一緒に初詣に行けるといいですね。

◯(道人)俳味豊かな取合せが巧い。

〇(宙虫)そう、和風の恋は地味な抹茶味、間違いない。

 

小春日やけふは私の専用日     卯平

○(泉)普段は多忙ですね。今日はゆっくりと楽しんで下さい。

○(幹夫)小春日への私の感謝が詠まれる。

○(敏)「専用日」って作者の造語?かも知れませんが、一句に見事にはまっていますね。誰にでも専用日はあるのでしょうから、その普遍性に不自然は無さそうです。

◯(道人)独り占めしたい小春日の雰囲気がよく出ている。

 

極上のパフェのひととき山眠る      道人

 

(選外)(卯平)「パフェ」と「山眠る」の断絶は共感。しかし「極上」「ひととき」は饒舌だろう。 

 

ふるさとの愚直を眼下笹子鳴く  珠子

◎(楊子)ふるさととは複雑な感情が入り混じるところです。愚直を良しとしましょう。未完成の笹子の鳴き声がしみます。

○(あちゃこ)愚直な町は少し生きにくさを感じつつも、どこか愛おしい。

◎(アダー女)ふるさとの高みに登り、「ああ、我が正直者の住むふるさとは良いなあ!」という作者の思いが「愚直」という言葉からしみじみ感じます。折しもまだうまく鳴けない鶯の笹鳴が聞こえることで長閑さが更に増しますね。

○(仙翁)ふるさとの愚直、面白いですね。

〇(あき子)ふるさとを眼下にして愚直と言いたくなる気持ちと、季語が響きあいます。

◎(ちせい)「ふるさとの愚直」と言う言い方が味わい深いと思いました。ウグイスの成長と重ね合わせられて居るのかもしれません。

 

(選外)(道人)「愚直眼下に」だったら頂いた。句意には賛同。

 

大声で叫べばスッキリ冬の山    泉

〇(カンナ)シンプルでよいと思う。

〇(瞳人)さ、山を下りて出直しだ

◎(藤三彩)コロナ禍のマスクで舌に苔が生える・・叫んでスッキリしたいものだ

 

山下る靴の踵に冬紅葉   めたもん

 

九十九折樒抱きて枯葉踏む    幹夫

○(仙翁)樒抱きて、いろいろ想像が働きます。

 

一度だけてっぺんに立ち冬のパフェ    宙虫

 

(選外)(卯平)中七「立ち」をどう読むか。上五との関係をどう読むか。詠み手の願望なのか、それとも過去の景なのか。「冬のパフェ」が安直では。

 

賜杯受く寺尾の弟子ぞ九州場所     瞳人

〇(藤三彩)阿炎政虎が巴戦を制した十一月場所。高安の脳震盪が心配

○(幹夫)28年ぶりの三つ巴決戦を制した阿炎、悲願のVでした。

 

眼裏に抹茶の余韻冬日向    まきえっと

○(卯平)冬日向を楽しんでいる詠み手の心情。上五中七の景は鑑賞者にとりそれなりに共感する景。この景は茶道に通じている詠み手でないと発見には至らないだろう。

 

枯れ落葉踏んで峠の頂きへ  敏

〇(アネモネ)山道を登る息遣いが聞こえてきそうです。

 

凩や別れのパフェはLサイズ    楊子

◎(泉)別れは明るくあっさりと、が良いですね。

◎(アネモネ)Lサイズのパフェいいですね。やけ食いですか!

◎(瞳人)忘れ得ぬ思い出になりますね

◎(餡子)私の若い頃はパフェではなくあんみつの時代。学校の帰りに寄り道をして食べました。勿論当時は校則違反です。

○(卯平)若い女の子(だろう)の詠み手のハートブレイクでの景として中七下五は俗。が凩となると詠み手の強がりの奥の気持ちが読めないでもない。

〇(めたもん)凩の別れにLサイズのパフェですか。ツッコどころ満載の滑稽味が楽しい。

○(ちせい)◎候補でした。「Lサイズ」に含蓄がある。

〇(宙虫)Lサイズで凩に対するやけくそ感がどんと。

 

ヤッホーと叫べる気力返り花     藤三彩

○(餡子)大声で告白するイベントがどっかにありましたね。肺活量が減ってきた昨今、もうヤッホーも叫べません。気力!!返り花のようにもう一花咲くと良いのですが。

 

街並の果ての海光鶴渡る     あちゃこ

〇(珠子)街の果ては海。鶴の飛来地でもあるのでしょうか。たくさんの渡り鳥が集まる豊かな土壌があってこその日本。

○(敏)美しい日本画のような光景が眼前に拡がりました。鶴の斡旋で一句を実景に近づけています。

◎ (アゼリア) 季語が効いていると思いました。

〇(宙虫)島国日本。街並みの先は・・・確かに。鶴もいい。

 

夢まぼろし枯葉の雪崩に巻き込まれ   アダー女

 

極月の天竺よりのエコーかな    卯平

○(あちゃこ)竺とありましたが、天竺かと勝手読みしました。壮大な発想。

 

オーダーはあの日と同じ冬のカフェ    アゼリア

〇(カンナ)「あの日」が思わせぶり。想像が広がります。

○(泉)「あの日」がミステリアスです。

○(餡子)これも、恋でしょうか?失恋?一人思い出に浸るのはどなたでしょうか?   

〇(藤三彩)あの日とはまた思わせぶりな

○(幹夫)如何なる思い出なのでしょうか。想像が広がります。

〇(めたもん)訳ありの過去があって来たカフェでしょうか。一人?二人?それとも?時間的な奥行が魅力です。

 

(選外)(卯平)中七下五の景は詠み手にとり哀しみなのか、嬉しさなのか。詠み手の心の報告では。

 

                                        つづく



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