熊本は相も変わらず夏。
「涼しくなったね」と言い合いたいけど。
なかなかそれも叶わず。
朝の数時間エアコンがいらない時間ができてきた。
日照時間はカレンダー通りに減ってきているのに。
今日も気温は35度を超える。
結果発表(二回に分けて)
新涼や里山の風軽くなる あちゃこ
〇(珠子)体にまとわりつくべとべとの風から、やっと爽やかな風に。待ち遠しかった!には共感しかありませんが、その日はいつ???
〇(カンナ)季語と中七、下五がよく合っていると思います。
食欲は生きる欲なりすいっちょん カンナ
〇(瞳人)とうとう、吾輩もすいっちょっとは、ねえ
〇(楊子)食欲の秋ですね。季語がかるい音なのがいいです。
○(泉)全く同感です。
○(卯平)三大欲は生命を維持する動物としてのヒトの欲。睡眠欲と性欲はヒトの成長につれて変化する。しかし食欲だけはヒトが産まれた時から死ぬ時まで一生涯を支える欲。すいっちょんが上五中七を上手く支えている。
夏ばてをポストへナッツ缶を買う 宙虫
◯(道人)夏ばてをポストへ、という発想が面白い。受け取る方は何を送り返すのだろう。
◯ (アゼリア) 取り合せが上手だと思いました。ナッツ体に良さそうです。
甘辛のいなごを喰んで脚残る 藤三彩
〇(あき子)いなごの脚だけ出ている口を想像すると愉快です。
◎(幹夫)山形産の蝗の佃煮を貰って職場でお裾分けしたらアーモンドチョコを御礼に貰った。ばりばり、ぼりぼり。上句、下句に共感する。
コンビニが村を支えて秋高し 泉
○(幹夫)3枚目のコンビニの写真が率直に詠まれている。
○(餡子)昔なら「何でも屋」でしょうか。今は、コンビニ。本当に便利だと思うでしょうね。
〇(春生)この句のような村が多くなってきましたね。昔は万屋さんだったが、今は社交の場がコンビニになりました。
○(ちせい)こう言う考え方は尊いですね。
○(アネモネ)村のコンビニはどこもそう。
踏み行けば飛蝗飛び交う茜色 仙翁
〇(あき子)茜色の中、飛蝗は命そのままに飛び交っている。
秋水に映る世にも戦あるか 餡子
◯566の破調がいい。戦争続きの世への嘆きを増幅している。
脚六本草を抱えて九月かな あき子
○(幹夫)2枚目の飛蝗の写真が率直に詠まれている。
〇(仙翁)虫のことを脚六本とは、面白いですね。
〇(珠子)眠っているのか、6本の脚に飛び発つ力を溜めているのか。まだまだ暑い九月。
○(ちせい)昆虫の特質ですね。脚に生命力が感じられます。
昭和びと只恋しかり邦子の忌 瞳人
◎(藤三彩)邦子さんって誰のこと?調べてみたら『阿修羅のごとく』向田邦子の「木槿忌」のこととわかる。すっかりわすれていました。
○(アダー女)私も向田邦子大好きな昭和びと。「父の詫び状」読んだとき、自分が育った家庭が蘇ってくる気がしました。我が父はあれほどワンマンではなかったけど、ドラマ化されたのを見て、まさに家父長制が色濃く残るあんな時代だったと、なんとも言えぬ懐かしさを感じたものです。エッセイにも同感出来るものが多く、飛行機事故で亡くなった時、かなりのショックを受けました。「只恋しかり」に自分の育ち成長してきた頃を代弁してくれていた作家の死に唯々悲しい気持ちの作者に同感しました。
〇(珠子)向田邦子も遠くなりにけり。昭和びととは昭和20年代生まれまでをいうのでしょうか。
ばったになる飛蝗捕まえるときに 楊子
○(幹夫)6、8、3。でも、納得。
〇(珠子)飛蝗になれそうな頃もあったけれど。もう飛蝗にはなれない。
◯ (アゼリア) リフレイン、ひらがな表記と漢字の使い分けー効いていると思いました。
色変へぬ松を遠目に沼の鯉 幹夫
軽トラの荷台空つぽ厄日前 アネモネ
○(卯平)選に若干の迷い。それは下五「厄日前」。「厄日かな」であれば上五中七がより生きるだろう。
〇(まきえっと)厄日前の荷台が空っぽ。考えさせられます。
水面の塔びくともせずに嵐前 アダー女
店内に迷い込んだる飛蝗の子 春生
○(アネモネ)ありそうです!
〇(まきえっと)こんなところにお店があるなんて飛蝗の知ったことではないですね。
出迎えは軽トラの兄赤とんぼ 珠子
◎(まきえっと)微笑ましいです。車の中でどんな話をしたんだろう。
〇(藤三彩)多分、子供を連れての帰省なのだろう。汽車が駅に着くと音を立てて田舎仕事の兄貴の車が着く。景が目に浮かぶ。
◎(餡子)ドラマの一齣を見ているようです。都会で何があったのでしょう。傷ついた妹を優しくぶっきらぼうに迎える兄ちゃん。キャストは誰にしましょうか。
◎(春生)ふるさとはいいものですね。やさしいお兄さんもいて、赤とんぼも昔のまま
◎(楊子)駅から遠いふる里ということがわかります。兄があとを継いだ農家ということも想像できます。わずかな言葉で想像がひろがる俳句はすごいです。
〇(仙翁)田舎では、軽トラの出迎えは当たり前です。
○(泉)ホノボノとした俳句だと思います。
◎(卯平)句材の類似感はある。しかしその類似感を超えた詩情を伝えるのは下五「あかとんぼ」。この季語で軽トラが明確になり、「兄」の姿も明確になる。けして派手な兄ではないだろう。農業一筋の朴訥とした兄。そして出迎えを受けた詠み手とこの兄との関係。詠み手は兄の妹であろうか。微笑ましい家族関係もこの「赤とんぼ」に託されている。一読、二読、そして三読の上、特選を確信した。
◎(カンナ)帰省の出迎えでしょうか? 兄の登場でドラマが生まれました。
◎(めたもん)故郷に帰省した時の情景。季語もぴったりで、温かなものを感じます。
○(あちゃこ)物語がありますね。
◎ (アゼリア) 谷内六郎の絵のようです。
○(ちせい)いいですね、兄弟愛。赤とんぼが隠れた主人公です。
○(宙虫)軽トラを詠みこむだけでこういう景ができるのかと感心。
百日紅木棒で池の水つつく ちせい
仏塔の水面に揺れて鳥帰る アゼリア
〇(めたもん)水面の仏塔と帰る鳥。一幅の絵のようです。
つづく
◯566の破調がいい。戦争続きの世への嘆きを増幅している。 選句は道人でした。すいません。