名邑十寸雄の手帖 Note of Namura Tokio

詩人・小説家、名邑十寸雄の推理小噺・怪談ジョーク・演繹推理論・映画評・文学論。「抱腹絶倒」と熱狂的な大反響。

@ 非論理エッセイ 【世界共通語】

2021年12月21日 | 日記
 作家は世界に通用する言語で作品を構築する。これは言葉の問題では無く、スタイルの問題です。

 日本語を、英語やラテン語圏で理解しろという意味ではありません。翻訳文学がおかしくなるのは、表層論理の言葉尻を訳すからです。全体思想と単語の一即多を掴めば良いだけの事。どんな風に翻訳されても、言葉の背後にある想念と正しい見地が伝わる様に書く。必然的に、一つの言語でしか現わせない想念を捨てる事になります。そのコツは、子供達が読んでも理解出来る様に書く姿勢です。すると、外国の翻訳家でも、ある程度作品の本質を訳す事が出来る。

 哲学書なども同様で、本ものの思想が難解になる道理がありません。プラトンやサルトルは、ちんぷんかんぷん。根本の論理に大きな過ちがあるからです。あれでは、訳しようがない。カントやキェルケゴールなどの本物の哲学者は、あれ程混乱を極めた翻訳にもかかわらず、読んで分かり易い思想です。それは、思想家の想念がごく単純な形で整理され想念に整合性があるからに他なりません。

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