黒柴hanaと子どもたち

子どもたちは、巣立ちの準備をはじめてます。これからは、黒柴と人間のおばさんペアのお話になるかも。

毎日、小さな余震?

2011-04-22 20:54:14 | Weblog

ぐらっ????

あれ気のせいかなって思うと、後で千葉や茨城で震度3くらいの余震がたくさんあって

夜中の地震にも目が覚めなくなったのだけれど、

時間は、短くなっているのかなあ。

 

はじめのころは、いつまでも続く揺れに、どんどん不安感が強くなっていったものだけれど、

最近は、あれ、きたかなって思うと終わる感じ。

 

だから、前ほど、ネットで確認しなくなったから、そのせいかもしれないし、

少し、安心して、テレビを見なくなったからかも。

 

普段は、そんなにテレビを見ないのに、

最近は、地震や原発情報を知りたくて、ネットを見ながらテレビをつけていたんだから。

節電とは間逆だけど、一応テレビは、LEDです。

 

廊下と階段は、センサー式のLEDのライトにして、玄関とリビングもLEDの電球で数を半分にしました。

センサーライトは電池式で2年間は持つっていうので、停電のときも安心かな。

 

計画停電のとき、一番まいったのは、暗さ、その次が寒さだったから

 

仙台のパパ実家から、電話があった。

おもえば、震災後、初めての電話だった。

ライフラインはもう復活して、もう普通の生活をしているとの事。でも、八木山にある家のベランダからは、太平洋側の被災地がよく見えて、

そのかなたには、福島原発がかすかに見えるそうで、

夏、南風が吹くようになったら、あの放射線が仙台方向にまっすぐ流れてくるのかと思うとゾッとするってパパ父。

 

親戚一同から送られてきた、支援物資が夫婦二人には多すぎるというので、

うちに送ってくれるそうだ、しかも、いつもの手作りケーキも。

余震が多くて、怖いって言っていたけれど、さすがに戦争を乗り越えた世代は強い。

 

二郎は、連日、大学のサークル勧誘コンパへ。

太郎は、バイト。

家には、女3人だけだわ。(内メス1匹)

 

久しぶりに東京電力の社長見たなあ。

体調は大丈夫だったんだ。

この人は、たぶん辞めるんだろうけど。国の原子力担当も辞めなきゃだめだよねえ。

今までの原子力反対派の人たちと同じように、左遷されるとか、もう出世できないとか。

 

でも、誰が、悪いじゃなくて、

だれもが、どうするべきかを、考えて、行動するべきなんだろうけど。