
「手グセで演奏してはいけない。」
アドリブでのビギナーを卒業して、フレーズを少し覚えた辺りで、先輩ミュージシャン達から決まって言われるセリフである。
そんな時期から、はや45年くらい経とうとしているが、果たしてそれは正しいのだろうか?と、最近思い始めている。だって、晩年のヤク中でヨレヨレのレスター・ヤング(ts)なんか手グセのオンパレードである。確かに僕的にも、アレは絶頂期の演奏と比べるとあまり良いとは思えない。でも、一方でそれを善しとするリスナーも多いのは事実。
もしかしたら、そこに演奏者の偽らざる根底の部分が見えるからなのかも知れない。だから、あの演奏を支持する人達が多く存在するのかも知れない。
何故、こんな事を書き始めたかと言うと、スタチンと言うコレステロール値を下げる薬を過度に服用した事で、筋肉が溶けるという副作用により、一時的に演奏が困難になるという経験をしたからだ。恐らく、日常の生活では大した困難を感じる事は無いと思う。しかし、精密な筋肉の働きを必要とする楽器演奏に関しては、大きな違和感を感じる事となったのだ。
具体的な例としては、脳でシラブルを歌い、それを運指としてイメージし、指に伝える…という単純な作業で誤差を生じる様になった。つまり、「この音!」って押さえようとしても違う指が反応してしまうのだ。まるでジストニアの様な症状。しかし、薬の量を減らし、じっくり身体にもう一度覚えさせる様に練習を繰り返す事で徐々にその症状は改善されて行った。
最初はサックスなど吹いた事の無い他人の身体で演奏してる様な気分。筋肉と言っても指だけではない、肘や肩、はては肺などインナーマッスル、そしてアンブッシュアの為の口の周りや口腔内…と様々な筋肉を複合させてバランスを取りながら使うのが演奏という作業だ。
これらの複雑な動きを学び取る為には反復練習以外、何をすれば良いと言うのだろう。反復練習を否定する音楽講師もいるみたいだけど伺ってみたいものだ。僕はレッスンで「筋肉は頭で考えてる程賢くはないから反復練習は不可欠だ。」と教えてるし、自分もそうやって上達して来た。ただ、シラブルを付けてきちんと頭で歌いながら指と連動させる…というのが前提だ。身体の様々な記憶領域を同時に使って覚えさせる事が肝要なのである。
さて、あたかも他人の様な身体に再びサックスの吹き方を自ら教えるうちに、筋肉について色々学ぶ様になった。「マッスルメモリー」という言葉はその流れで知った言葉である。筋肉はある一定の期間で新しい細胞と入れ替わったり、筋トレで痛めつける事で補強されたりするわけだが、僕の感覚としては、その際、古い細胞が新しい細胞に記憶を伝授してる様な気がしている。
つまり僕の場合、過度にスタチンを服用する事で急激に筋肉が衰え、またすぐに筋肉が復活しなかったせいで、その記憶の伝達が困難になった様な感覚がある。あくまで感覚なので医学的根拠は無い。しかし、あの他人の身体を借りてる様な感覚はそうとしか説明が付かない。
筋肉痛がかなりましになるのに2週間ほど掛かり、漸く自分の身体を取り戻したと感じるまでにも同様の時間を要した。薬を飲む前に出来てた事が全く出来なくなった時はかなり焦ったが、スタチン関連のトラブルは2回目だったので絶望感は無かった。薬を減らして1ヶ月ほど経ち、今は漸く筋肉痛も治った。
今回の件で多くを学んだ。以前から思ってた事だけど、脳だけで演奏は出来ない。特にジャズはスポーツと同じ。しかも高速での判断と動きを継続的に求められるバスケットボールに近いと思っている。五感をフル活用しなければ良い演奏など出来ない。その為には、あらゆるシチュエーションに即座に対応する訓練を積まなければならないし、脳で考えている暇など与えられない。そこで必要なのはマッスルメモリーなのだ。そしてその筋肉に記憶させる為には反復練習は不可欠だ。
特に絶対音感を持つ耳の良い生徒によく見受けられるのは、耳で理解した事で「出来た!」と考え、反復練習を怠っているケースだ。野球をやった事のない人間にいきなり豪速球を投げたら怪我をするだろう。だから、キャッチボールから始め、それを繰り返す事で色んな球を受けられる様になる。頭で考えるのではなく身体に覚えさせなければ、そんな事は出来ない。楽器演奏も全く同じ事。
そして、筋肉が一度覚えた事はそうそう忘れる事は無い。僕も本番中に危うく運指があやふやだったフレーズが、筋肉の記憶によりミスらずに済んで助けられた事が何度も有る。
そう、筋肉は裏切らないのだ!
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