のたりといきたい。2

暴飲暴食時々ダイエット、家族のこと、汚部屋の掃除&なんちゃってDIY・・・などなど思いのまま書き綴った、日々のメモ。

ご訪問いただきありがとうございます。

このブログは「のたりといきたい。」の続編です。これ以前(2011年3月~2016年10月)の記録は http://blog.goo.ne.jp/m-wata0101でご覧いただけます。 2016年10月~2019年12月の記事は私の不注意で削除してしまいましたヽ(;▽;)ノ なので、正確にはこちらはその続編となります。

誕プレ佐渡島弾丸旅行その⑧ 阿仏房妙宣寺。

2023-09-08 20:00:00 | 旅行

さてさてさて。

佐渡の珍道中はまだまだ続きます。

助手席に座ったラーのわちゃわちゃナビでH氏は迷走を強いられ

17分と表示されていた移動時間が30分以上かかりました( ̄▽ ̄;)

最後はラーのナビは中断し、H氏の勘ピューターでようやく到着致しました。

 

向かった先は

五重塔が印象的な 阿仏房妙宣寺。

 

佐渡に配流された日蓮に仕え、熱心な法華経信者となった遠藤為盛(阿佛房日得上人)。

1278年、妻の千日尼と共に自宅を寺として開いたのが始まりと伝わります。

 

 

仁王門。

 

 

その名の通り

仁王像(阿形)と

 

 

仁王像(吽形)が迎えてくれます。

 

 

仁王門の屋根は切妻の茅葺です。

朱塗りの跡が見られます。

 

 

天井にはたくさん千社札が貼ってありました。

 

 

仁王門横からも五重塔が良く見えました。

 

 

門をくぐると案内図がありました。

 

 

阿佛房妙宣寺境内之図。

 

 

妙宣寺五重塔

 

 

境内の五重塔は、阿仏房の時代からずっとあとの江戸時代。

日光東照宮の五重塔を模したと伝えられています。

 

 

この日も日差が強かったですが境内の木々が影を作ってくれ

そこだけ涼しく過ごしやすかったです。

 

 

雑太城跡。

「さわだじょう」と読みます。

 

 

別名は檀風城・新川城。

中世に佐渡を支配した本間氏の居城でしたが現在この跡地は妙宣寺となっています。

看板の後ろの石垣がその名残だと思われます。

 

 

山門が見えてきました。

 

 

寺号額に、阿佛房と記されています。

またまたハレーション☆彡

お見苦しい写真ばかりですみません<(_ _)>

 

 

今度は左手に何やら不思議なエリアが。

 

 

番神堂。

妙見大菩薩・三十番神・清正公が祀られています。

 

そのすぐ横には宝蔵と祖師堂。

 

 

祖師堂。

見事な枝垂れ桜があります。

春はキレイだろうな

 

 

 

宗祖の像と阿仏房日得上人、妻千日尼の木像が祀られています。

 

 

切妻屋根の模型のようなオブジェが気になる。

 

 

これはナニ?

分かる方教えてください。

 

 

開祖堂から本堂へと続く回廊。

趣があります。

 

 

壁には立派な欄干のような彫刻が沢山ありました。

 

 

本堂内は撮影禁止と書いてあったので画像はありません

 

 

と言うわけで少し離れた場所から撮影。

左から、開祖堂・本堂・庫裏。

 

 

庫裏と納屋。

 

 

こちらも仁王門と同様、屋根は立派な茅葺です。

 

 

そろそろ帰ろうと振り返ったとき

山門の左側、何かがある事に気づきました。

 

 

日野資朝(すけとも)の墓でした。

「正中の変」で佐渡配流となった日野資朝の墓などがあります。

「正中の変」・・・?

自分のblogを検索したら

おおっ!やっぱり!

 

 

秋の鎌倉遠征。*日野俊基の墓* - のたりといきたい。2

最初に到着したのは国指定史跡日野俊基墓。説明板。『日野俊基は、鎌倉時代末期の朝臣後醍醐天皇に仕え、討伐計画に参加した。正中の変(1324)に捕らえられ許されたが、元...

goo blog

 

去年鎌倉で見た日野俊基の息子なのね~。

 

 

日野資朝歌碑もありました。

「秋たけし檀の梢吹く風に澤田の里は紅葉しにけり」

資朝が幽閉されていた雑太城が「檀風城」といわれるのはこの歌によるものだとされています。

 

 

 

スッキリしたところで、妙宣寺観光終了!

朝早かったこともあり、貸し切り状態で散策することが出来ました。

わずか15分弱の滞在でしたが、もっと長く感じるほど内容の濃い充実した時間でした(・∀・)b+

 

 

 

ここから車に戻り次のスポットへと向かいました。

つづく。

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誕プレ佐渡島弾丸旅行その⑦田んぼアート&トキの森公園。

2023-09-08 08:52:29 | 旅行

さてさてさて。

佐渡2日目の朝に向かったのは

前日行けなかった、田んぼアート!

田んぼアートのはじまりは、今からちょうど30年前。

1993(平成5)年に青森県南津軽郡田舎館村で行われた村おこしの一環として行われたのが始まりだそうです。

2010年以降全国に広がり、佐渡では佐渡産コシヒカリのブランド「朱鷺と暮らす郷」の10周年事業として

2017年からスタートしたそうです。

 

 

看板に従い小道の坂をのぼり

 

 

ビューポイントへ。

まずはラー様が撮影しました。

画像チェック中です。

良い写真は撮れたのでしょうか??

 

 

お次は私の番ってことで

ぽちっ。とな。

朱鷺と蛙だ~。

 

 

からの、

ブラボーと矢印とごはん。

うーん、ちょっと分かりづらいかな??

 

 

原案図はこちら。

テーマ「わたしたちと田んぼのつながり」だそうで

デザイン原案作成者は、世田谷区立明正(めいせい)小学校の令和4年度 5年生の子供たち。

現6年生??ラーと同い年の子供たちの作品だそうですよ~。

え?!めっちゃ!いいじゃん!

すご~い!

この小学校では給食で佐渡産米「朱鷺と暮らす郷」が使用されていて

トキと田んぼとお米に関する食育授業を受けているのだそうです。

 

 

青い空と緑の田んぼを堪能したあと

これまた昨日行けなかった

トキの森公園へ。

って、開園前や~ん( ̄▽ ̄;)

朝早めに出たもんね。

トキに会える観光スポットとして人気の佐渡の名所のひとつです。

ここではトキが飛翔可能な大型ケージを整備し、より 自然に近い環境を再現されています。

園内では、飛翔、採餌、巣作り等トキの生態を観察することができます。

ここまで来て残念だけど、諦めましょ・・・。

 

 

しかーし。

せっかくなんで佐渡とトキについてちょっとだけ。

トキはかつて、ほぼ日本全土で普通に見られる鳥でした。

農薬の使用、生息地の改変・消失・開発などの環境破壊が起こり、

1952年「特別天然記念物」、1960年「国際保護鳥」に指定されましたが、

その頃にはすでに20羽前後にまで減少していたそうです。

私が子どもの頃、2羽しかいない絶滅危惧種だと聞いた覚えがあります(゚д゚)(。_。)

公園には入れなかったのでトキのフリー画像はっつけときます。

1981年野生のトキ「キン」を保護し人工飼育が始まりますが成功せず、

2003年、日本産トキは絶滅してしまいました。

1999年中国から贈呈されたトキの人工繁殖が成功し、

現在では毎年数十羽の元気なヒナが育っているそうで、

2008年には10羽のトキが放鳥され、それから毎年放鳥は続いています。

 

公園には入れなかったのでトキのフリー画像はっつけときます。

農薬や化学肥料を抑制してトキの餌場となる田んぼを提供してきた自然再生の取り組みは、

「佐渡モデル」として注目されているそうです。

 

 

 

最後に

トキ郵便ポスト( ´艸`)

かわゆ♡

公園前にありました。

 

 

 

H氏に「出て撮りなよ」と若干呆れられつつ

車から出る事もなく車内からぱぱっ!と撮影し←

次のスポットへと向かいました。

 

 

つづく。

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