季節をもどす 雨…

【自註】
長かった冬が漸く終わると、山国信州には潮のようにどっと春が押し寄せて来る。どこのにも桃や桜や梅や杏子が一時に咲いて、ついこの間まで裸だった木々はもう柔らかな緑の若葉にくるまれている。いろいろな小鳥の歌が賑やかに、頭上の雲も帆のようだ。別荘の持ち主が経営している小さい牧場の丘のてっぺんに立つと、北西の空を遠く、まだ雪を光らせている北アルプスの槍や穂高や常念の頭が見える。
みんななじみの山々だ。
私はうっとりと過去を思い、しみじみと現在の自分を考える。
そしてともすれば甘い感傷に陥ろうとする気持ちを引き立てるように、
堅くて冷めたい安山岩にしっかりと臀(しり)を据える。
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安山岩(あんざんがん)
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日本ではもっとも多く分布する火山岩。

英名の andesite は、南米アンデス山中のMarmato産の粗面岩様の火山岩に対し、アンデスの名をとり -ite をつけたもの。日本語訳は、はじめ富士岩(明治17年)と訳されたが、地質調査所ではアンデス山の石の意で、安山岩と訳して用いた。以後、富士岩・安山岩が明治20年代までは併用された。(ウキペディアより引用)

(大阪府豊中市=箕面方面= 撮影:3月9日)
春の牧場 自註 富士見高原詩集(尾崎喜八)より
あかるく青いなごやかな空を
春の白い雲の帆がゆく。
谷の落葉松、丘の白樺、
古い村落を点々といろどる
あんず 桜が 旗のようだ。
ほのぼのと赤い二十里の
大気にうかぶ槍や穂高が
私に流離の歌をうたう。
牧柵や 蝶や 花や 小川が
存在もまた旅だと私に告げる。
だが 緑の牧の草のなかで
風に吹かれている一つの岩、
春愁をしのぐ安山岩の
この堅い席こそきょうの私には好ましい。
あかるく青いなごやかな空を
春の白い雲の帆がゆく。
谷の落葉松、丘の白樺、
古い村落を点々といろどる
あんず 桜が 旗のようだ。
ほのぼのと赤い二十里の
大気にうかぶ槍や穂高が
私に流離の歌をうたう。
牧柵や 蝶や 花や 小川が
存在もまた旅だと私に告げる。
だが 緑の牧の草のなかで
風に吹かれている一つの岩、
春愁をしのぐ安山岩の
この堅い席こそきょうの私には好ましい。
【自註】
長かった冬が漸く終わると、山国信州には潮のようにどっと春が押し寄せて来る。どこのにも桃や桜や梅や杏子が一時に咲いて、ついこの間まで裸だった木々はもう柔らかな緑の若葉にくるまれている。いろいろな小鳥の歌が賑やかに、頭上の雲も帆のようだ。別荘の持ち主が経営している小さい牧場の丘のてっぺんに立つと、北西の空を遠く、まだ雪を光らせている北アルプスの槍や穂高や常念の頭が見える。
みんななじみの山々だ。
私はうっとりと過去を思い、しみじみと現在の自分を考える。
そしてともすれば甘い感傷に陥ろうとする気持ちを引き立てるように、
堅くて冷めたい安山岩にしっかりと臀(しり)を据える。
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安山岩(あんざんがん)
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日本ではもっとも多く分布する火山岩。

英名の andesite は、南米アンデス山中のMarmato産の粗面岩様の火山岩に対し、アンデスの名をとり -ite をつけたもの。日本語訳は、はじめ富士岩(明治17年)と訳されたが、地質調査所ではアンデス山の石の意で、安山岩と訳して用いた。以後、富士岩・安山岩が明治20年代までは併用された。(ウキペディアより引用)
著者 尾崎喜八