SSF 光夫天 ~ 詩と朗読と音楽と ~ 

◆ 言葉と音楽の『優しさ』の 散歩スケッチ ◆

されど同じ安息日の夕暮れに (朗読:尾崎喜八)

2016-03-13 17:08:24 | 朗読 (尾崎喜八による)
尾崎喜八 実録です。

されど同じ安息日の夕暮れに (朗読:尾崎喜八)<2分31秒>



 十五年のその昔、美砂子よ、お前は二歳、
 私は幼いお前をかるがると背負い、
 白い頭巾をすっぽりかぶせる。緑の毛布に厚くくるんで
 まだ雪の消え残る信濃富士見の高原に
 天上の春の最初の使信、
 復活祭の雲雀の歌を遠く求めて歩いたものだ。

 今、成人してその天からの春の知らせの深い意味を
 ようやく身うちに感じている若いお前が、
 年こそ経たれ、この同じ復活祭の夕暮れに
 私のためにバッハのオルガン衆讃曲コラールを弾いてくれる。
 そしてもうお前を抱く事も背負う事も叶わない私が
 毛布を膝に、指を組んで聴き入っている。

 しかしその年老いた今日きょうの私を
 お前が憐み、いとおしむのはまだ早い。
 私はこうして、ここにまだ在る。
 まだいくらかの仕事の日々も許されている。
 しかし、しかし、そういう私の存在が
 やがて懐かしいこの世から消えた時、
 或る春の同じ安息日の夕暮れに
 お前はふと私の訪れを空気に感じて、
 同じコラールを、花の窓べに。
 一層深い思いで弾いてくれるだろうか。