SSF 光夫天 ~ 詩と朗読と音楽と ~ 

◆ 言葉と音楽の『優しさ』の 散歩スケッチ ◆

秋の詩 「農場の夫人」

2015-11-06 16:48:19 | 「尾崎喜八を尋ねる旅」
10月の終わりに、奈良飛鳥(橿原市)を訪ねた。
甘樫丘(あまかしのおか)から見た、飛鳥。<見出し画像>


飛鳥寺(日本最古の寺)への道すがら。
この風景、言葉で言い表せないほどの「平穏」を感じた次第です。




「自註 富士見高原詩集」(尾崎喜八)より

農場の夫人
(渡辺春子夫人に)

お天気つづきの毎朝の霜に

十一月の野山がひろびろと枯れてゆく。

高原の空は無限に深くなり、

浅井流れは手も切れるほど冷めたく、

太陽の光が身にも心にもしみじみと暖かい。

あなたは開拓農場の片隅に

秋のなごりの枯葉をあつめて

ほのぼのと真昼の赤い火を燃やす。

爽やかな海青色のオーワ"オール、

髪の毛を堅く包んだ黄いろいカーチフ、

長いフォークの柄によりかかって

うっとりとあなたは立つ。

鶏を飼い、山羊を飼い、緬羊を飼い、

一町五反の痩土と独力で取っ組んで、

六年の今日「斜陽」もなければ旧華族もない。

頼むのはただ自然とその順調な五風十雨。

あなたの手に堅く厚い胝胼(たこ)があり、

あなたの机に農事簿とモーロフとがならぶ。

そして今日のいま 金と青との晩秋の真昼、

赤い火に立つあなたを前に

もう初雪の笹べりにつけた北アルプスの連峯が、

ああ 遠くセガンティーニの背景をひろげている。

【自註】
別荘の持ち主渡辺昭さんは、森のそとの地所や畑や養鶏所や山羊や緬羊の放牧場にしていた。そしてその世話をするのは主として奥さんと雇い人の若い男の二人だけだった。火山高原の石ころだらけの荒蕪地を開墾した一五○アールの渡辺牧場。それをつい数年まえまで貴族院議員の令夫人だった奥さんが、今は未経験のこんな仕事に専念しているのだから、私達としてはただただ感心するほかは無かった。

若い春子夫人は澟然として気品の高い美しい人だった。事実上の農場主として毎日記帳している農事簿その他の帳簿のかたわらに、ひっそりとジイドやモーロアの原書が並んでいるくらいだから、語学の立派な素養もあった。その夫人がここに書いたようなよく似合ったかいがいしい労働姿で晩秋の晴れた真昼を赤い焚火を前に、青い八ヶ岳を背に、北アルプスを遠景にして立っているのだから一幅の画にならない筈はない。昔から好きなイタリアの山や牧場の画家ジョバンニ・セガンティーニの画を私が思い出したのも、この場合寧ろきわめてしぜんな事だったと言えるだろう。


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皆様、心豊かな秋をお迎えください。(^^)
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