こ、今度こそ、“二十二について書くぞ!” と思っていたら、またもや違うことが思い浮かんで来たので、そっちを書いてみたいと思います。 その場の思い付きで適当に流されて行くこのブログ。 うーん、まさに私の人生そのもの♪
とゆー、ところで、“今” の思い付きを書いてみたいと思います。 ヒマな方のみお付き合い下さい。
そうそう、何を思い付いたかといいますと、それは “11” と “22” の元になっている数字 “12” に関してです。 さっき思い浮かんだばかりの出来立てホヤホヤの湯気か上がっている、トノ君のウンコのようなネタです。
お食事しながらご覧の皆様、どうもすいません。 Practical Jokeが大好きなモンで。
さて、掴みはじゅーぶんOK!というところで本題です。
数秘学の基数展開においては、倍数の関係というのがよく観られます。 どう云う事かと言いますと、前回までのケイシー・リーディングの述べる数秘学のアップで何回か採り上げましたが、“8・Eight” は “4・Four” が倍化した意味も含み、“6・Six” も “3・Three” が倍化した意味を含む、と。
いくつか例を挙げますと、
【8・Eight】:
・ Eight, also, that of the double weakness of four - and no one, any, remaining at any given place.(「8は、4の弱さが倍化された数だ。」)
・ EIGHT - again showing that combination in strength, also a combination in weakness;(8は、強さの中での結合と、弱さの中での結合を再び示す。)
・ Eight - a money number.(8は金銭の数だ)
【6・Six】:
・Six again showing a weakness, or a strength again - the multiple of three, strength - yet showing either weakness OR strength, dependent upon the relationship of the day, month, or year, or stock - according to the conditions as are added in same(6でまた、弱さと、そして強さが出てくる。 3の倍数は強さを表わす。 とはいえ、日や月や年など、それに付け加える条件によって、これは弱くも強くもなる。)
・Six - the strength of a Three, with a helpful influence.(6は3の強さをもつ有益な力であり)
・SIX - again makes for the BEAUTY and the symmetrical forces of ALL NUMBERS, making for strength;(6は全ての数の調和美な力がここで強められ、力が強められている)
ざーっと採り上げて、見ましたがここに重要な今回の問題を解くカギとなるリーディングが採り上げられています。 とはいえ、実は、今たまたまの偶然ですが、今後の展開を占う?上でとても重要な発見をしました。
では、直感が消えやらぬうちに、早速本題に入りたいと思います。
ケイシーだけでなく、神智学やE.W.ブリンガーらによると、黄道十二宮の起源(出発点)は、現在の西洋占星学のようにAries(白羊宮)やTaurus(金牛宮)ではなく、Virgo(処女宮)にあるとしています。 事の真偽に関しては、紙面上この場では棚上げさせてもらいます。
で、そう考えるとその終着点はLibra(天秤宮)という事になります。 Libraは現在でもVenus(金星)が支配しています。 金星(Venus)は、ご存知のように、またの名を堕天使Lucifer(ルシファー)、サタン(Satan)とも呼ばれ、占星学では、いちおうBenefic(吉星)ではありますが、Lessr Benefic(劣る方の吉星)となっており、微妙な吉凶を含んでいます。
昔アメブロでやっていた時、この事について長々と分析しましたが、つまり、神に反逆した堕天使ルシファーとは、同じく神に反逆してポセイディアを追放されたAdam(アダム)と同様、創造神アミリウス(Amilius)の生まれ変わりの一つであり、他にもエノク、メルキゼデク、エリシャであり、最後の仕上げとしてイエス・キリストがある、と、リーディングは述べています。
このルシファーの神への反逆は意図的なものらしく、地球の物質性に落ち込みドコへ向えば良いか判らなくなっていた沢山の魂たちを導くため、自らも物質世界へ堕ち、時には、エノクとして、メルキゼデクとして、そして最終的な完成形イエス・キリストとして、自らも肉体的な死という痛みを伴う経験を通して人類に模範を示された。
もちろん、本当かどうかは、私如きイチ個人には調べる術はありません。 が、とりあえず私は、長年に渡るケイシー・リーディングに関する調査・研究から、論理的、直感的に納得し、今でも研究を続けています。
と、そろそろ頭が飽和状態になって来たので、考えをマトメるために一回区切りたいと思います。