山口県光市の母子殺人事件において,最高裁が無期懲役の上告を棄却して事実上死刑を適用するべきであるとして広島高裁に差し戻しをしましたが,この件について多方面からの物議を醸しています。
ただ,議論の内容を見ると,いくつかの問題をごちゃ混ぜにしている感じがしましたので,ここで少し議論の参考とするべく,問題点を整理したいと思います。
なお,可能な限り私情は挟みませんが,一部私見を加える部分がありますので,その点はご承知おきください(なお,私見を加えた部分は明記しておきます。)
最高裁が差し戻し判決をしたことについての意見を類型的にまとめると次のとおりです。
1 なぜ直接死刑判決をしなかったのか
2 死刑の基準って何か。
3 更生の可能性ってなにか。
4 加害者の保護に厚すぎないか。裁判は被害者を無視するのか。
5 そもそも死刑って何だ。
概ねこんなところだったかと思います。
次に,この意見を分解して整理します。
1 なぜ直接死刑判決をしなかったのか
(1) 法律的に最高裁は死刑を言い渡せるのか→法律的には可能
(2) じゃあなんであえて最高裁はやらなかったのか→死刑判決は人の命を奪うため特に慎重に判断する必要があるため。ちなみに高裁で死刑判決が出ていれば,差し戻さずに死刑判決を維持する場合が多い(議論のポイント1)
2 死刑の基準って何か。更生の可能性ってなにか。
(1) 死刑にするかどうかは誰が決めるのか→裁判官
(2) 刑法に死刑と書いてあればすべて死刑にできるのではないか→法律上はそのとおり
(3) じゃあ殺人は全部死刑にするべきなのではないか→そうはいかない。殺人にもいろんな事情があるから一律死刑というわけにはいかない。だから,刑法には「死刑,無期懲役,懲役3年以上の懲役」という広い幅がある。
(4) ならばその「いろんな事情」って何か→ここで「永山基準」と呼ばれる判例が登場する。
(5) 今回の裁判では,最高裁はこの基準を変えたのか→基準自体は変えていない。この基準で示した「更生の可能性」について最高裁は本件の被告人について疑問を呈したに過ぎない。
3 更生の可能性ってなにか。
(1) 手紙一つ,または「ごめん」といえば更生したまたは更生していないと評価するのか→そこは他のいろんな証拠を踏まえたうえで,最後は裁判官の主観(議論のポイント2)
(2) 将来裁判員制度が発足したとき,素人に被告人が更生したかどうか判断できるのか。また誤った判断をするのが恐い→議論のポイント3
4 加害者の保護に厚すぎないか。裁判は被害者を無視するのか。
(1) なぜ加害者の人権を尊重するのか。犯罪者を優遇しすぎじゃないか。→憲法31条以下の条文で刑事被告人にいろんな権利を認めているから。
(2) なぜそんな権利があるんだ。不要じゃないか。→冤罪の防止のため。
(3) そんなまどろっこしい制度があるから世の中治安が悪化するのではないか→ならばあなたがたった今突然理由もなく警察に逮捕されたらどうするか考えてみよう。某国のようにそのまま数日後に適当な理由を付けられてあなたは処刑されても良いのか。(私見)。
(4) 被害者が裁判に参加できないのはおかしい→そのとおり。そこで,最近では被害者の意見陳述制度など裁判に関与できる制度ができた。
(5) 被害者が「死刑」を求めたら死刑にするべきでは→そうはいかない。裁判は必ず被告人の言い分も聞き,その事情なども踏まえて客観的に判断する必要がある(議論のポイント4)。
(6) ならば,今回の事件は1,2審の裁判所は客観的に判断して「無期懲役が妥当」と判断したことになるのか→そのとおり
(7) 何をもってそう判断したのか→裁判見てないから分からないが,おそらく何かの証拠から「更生可能性」を導いたと思われる(私見)
(8) 被害者がその判決に納得しない場合の救済制度はないのか→被害者側には何もない。あとは検察官の上訴を期待するしかない(議論のポイント4)。
(9) 改めて,なぜ裁判に被害者が関われないのか。→刑罰権は国家権力の究極だから。個人が関与すると強い個人弱い個人で刑罰が変わってしまうというかえって不合理な結果になりかねない(議論のポイント4)。
5 そもそも死刑って何だ。
(1) 死刑があれば犯罪が減るのか→どうもそうではないらしい。死刑廃止した国では犯罪発生率はそんなに変化していないという話もある(私見)。
(2) 死刑と無期懲役との間のギャップが大きすぎるのではないか→そのとおり。そこが今問題となっている(議論のポイント5)。
(3) 逆に死刑制度を廃止するべきではないか→議論のポイント5,6
(4) いやいや,じゃんじゃん死刑をするべきではないか→議論のポイント6
そして,議論のポイントをまとめると次のとおりとなります。
1 最高裁がいきなり死刑判決をしないのがよいかどうか
2 更生したといえる基準や根拠は何か。逆に更生していないと言える根拠は何か。
3 裁判員制度になったときにこの辺を一般の人がちゃんと判断できるのか。
4 裁判は被害者が求めたとおりの判決をするべきか。また,そもそも被害者は裁判にどこまでどのように関与すべきか。
5 今の刑罰体系は妥当か。特に死刑と無期懲役の間に新たな刑罰(例えば仮出所なしの終身刑など)を設ける必要があるかどうか。
6 刑罰の見直しにあわせて,死刑制度自体を廃止するべきか否か。
以上がこの事件において議論するべきポイントになるのではないかと思われます。
これらを踏まえて,今後も熱い議論を進めていき,よりよい制度になればと思います。
そしてなによりも,制度云々以前に,このような凶悪事件が減少することを願うばかりです。
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ただ,議論の内容を見ると,いくつかの問題をごちゃ混ぜにしている感じがしましたので,ここで少し議論の参考とするべく,問題点を整理したいと思います。
なお,可能な限り私情は挟みませんが,一部私見を加える部分がありますので,その点はご承知おきください(なお,私見を加えた部分は明記しておきます。)
最高裁が差し戻し判決をしたことについての意見を類型的にまとめると次のとおりです。
1 なぜ直接死刑判決をしなかったのか
2 死刑の基準って何か。
3 更生の可能性ってなにか。
4 加害者の保護に厚すぎないか。裁判は被害者を無視するのか。
5 そもそも死刑って何だ。
概ねこんなところだったかと思います。
次に,この意見を分解して整理します。
1 なぜ直接死刑判決をしなかったのか
(1) 法律的に最高裁は死刑を言い渡せるのか→法律的には可能
(2) じゃあなんであえて最高裁はやらなかったのか→死刑判決は人の命を奪うため特に慎重に判断する必要があるため。ちなみに高裁で死刑判決が出ていれば,差し戻さずに死刑判決を維持する場合が多い(議論のポイント1)
2 死刑の基準って何か。更生の可能性ってなにか。
(1) 死刑にするかどうかは誰が決めるのか→裁判官
(2) 刑法に死刑と書いてあればすべて死刑にできるのではないか→法律上はそのとおり
(3) じゃあ殺人は全部死刑にするべきなのではないか→そうはいかない。殺人にもいろんな事情があるから一律死刑というわけにはいかない。だから,刑法には「死刑,無期懲役,懲役3年以上の懲役」という広い幅がある。
(4) ならばその「いろんな事情」って何か→ここで「永山基準」と呼ばれる判例が登場する。
(5) 今回の裁判では,最高裁はこの基準を変えたのか→基準自体は変えていない。この基準で示した「更生の可能性」について最高裁は本件の被告人について疑問を呈したに過ぎない。
3 更生の可能性ってなにか。
(1) 手紙一つ,または「ごめん」といえば更生したまたは更生していないと評価するのか→そこは他のいろんな証拠を踏まえたうえで,最後は裁判官の主観(議論のポイント2)
(2) 将来裁判員制度が発足したとき,素人に被告人が更生したかどうか判断できるのか。また誤った判断をするのが恐い→議論のポイント3
4 加害者の保護に厚すぎないか。裁判は被害者を無視するのか。
(1) なぜ加害者の人権を尊重するのか。犯罪者を優遇しすぎじゃないか。→憲法31条以下の条文で刑事被告人にいろんな権利を認めているから。
(2) なぜそんな権利があるんだ。不要じゃないか。→冤罪の防止のため。
(3) そんなまどろっこしい制度があるから世の中治安が悪化するのではないか→ならばあなたがたった今突然理由もなく警察に逮捕されたらどうするか考えてみよう。某国のようにそのまま数日後に適当な理由を付けられてあなたは処刑されても良いのか。(私見)。
(4) 被害者が裁判に参加できないのはおかしい→そのとおり。そこで,最近では被害者の意見陳述制度など裁判に関与できる制度ができた。
(5) 被害者が「死刑」を求めたら死刑にするべきでは→そうはいかない。裁判は必ず被告人の言い分も聞き,その事情なども踏まえて客観的に判断する必要がある(議論のポイント4)。
(6) ならば,今回の事件は1,2審の裁判所は客観的に判断して「無期懲役が妥当」と判断したことになるのか→そのとおり
(7) 何をもってそう判断したのか→裁判見てないから分からないが,おそらく何かの証拠から「更生可能性」を導いたと思われる(私見)
(8) 被害者がその判決に納得しない場合の救済制度はないのか→被害者側には何もない。あとは検察官の上訴を期待するしかない(議論のポイント4)。
(9) 改めて,なぜ裁判に被害者が関われないのか。→刑罰権は国家権力の究極だから。個人が関与すると強い個人弱い個人で刑罰が変わってしまうというかえって不合理な結果になりかねない(議論のポイント4)。
5 そもそも死刑って何だ。
(1) 死刑があれば犯罪が減るのか→どうもそうではないらしい。死刑廃止した国では犯罪発生率はそんなに変化していないという話もある(私見)。
(2) 死刑と無期懲役との間のギャップが大きすぎるのではないか→そのとおり。そこが今問題となっている(議論のポイント5)。
(3) 逆に死刑制度を廃止するべきではないか→議論のポイント5,6
(4) いやいや,じゃんじゃん死刑をするべきではないか→議論のポイント6
そして,議論のポイントをまとめると次のとおりとなります。
1 最高裁がいきなり死刑判決をしないのがよいかどうか
2 更生したといえる基準や根拠は何か。逆に更生していないと言える根拠は何か。
3 裁判員制度になったときにこの辺を一般の人がちゃんと判断できるのか。
4 裁判は被害者が求めたとおりの判決をするべきか。また,そもそも被害者は裁判にどこまでどのように関与すべきか。
5 今の刑罰体系は妥当か。特に死刑と無期懲役の間に新たな刑罰(例えば仮出所なしの終身刑など)を設ける必要があるかどうか。
6 刑罰の見直しにあわせて,死刑制度自体を廃止するべきか否か。
以上がこの事件において議論するべきポイントになるのではないかと思われます。
これらを踏まえて,今後も熱い議論を進めていき,よりよい制度になればと思います。
そしてなによりも,制度云々以前に,このような凶悪事件が減少することを願うばかりです。
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