前回の執行猶予と保護観察に続いて,今回は刑事責任能力について説明したいと思います。
女性監禁事件の被疑者が統合失調症であることを供述していることから,場合によっては心神耗弱として減刑される可能性が理論上あり得ます。一方で,そもそも減刑を認めて良いのかという議論も出始めており,刑事責任能力に対する関心が高まっていると言えます。
そこで,その議論の参考とするべく,ここでは,そもそも刑事責任は何か,どうして減刑されるのか,誰がそれを判断するのかなどについて説明したいと思います。
よろしければ続きを読む前に1クリックお願いしますm(__)m→人気blogランキングへ 第1 刑事責任能力とは何か
1 心神喪失と心神耗弱
刑法39条1項では,心神喪失者は処罰しないことを,2項では心神耗弱者は刑を減軽すると規定されており,裁判官が被告人は心神喪失又は心神耗弱だと認めた場合は,必ず刑を免除または減刑しなければならないことになっています。
ここで,心神喪失とは簡単にいうと「自分が何をやっているのか自分でも分からない状態」をいいます。イメージとしては痴呆性高齢者のような方になります。
心神耗弱とは簡単にいうと「自分が何をやっているのかちょっと理解できない上代」をいいます。イメージとしては,酔っぱらい(実際は責任能力あるのですが,イメージです),統合失調症などの精神障害などになります。
2 責任能力
責任能力とは,犯人に対して犯罪の責任を問える為の能力です。つまり,今風にいうと「自己責任」の原則といえるでしょうか。「お前はすべて悪いと知っていながらやったな。けしからん。」ということを問うための能力です。
刑法では,上記心神喪失者,心神耗弱者及び14歳未満のものについて刑事責任能力がないと規定しています。つまり,これらの者については「お前はすべて悪いと知っていた。」という部分が「きっと知らなかったよなあ。しょうがないかあ。」と考えられるとして,責任なしとしてしまったわけです。
第2 そもそも刑法とは何か
1 なぜ処罰するのか
ところで,責任能力を考える上では,もっと大きな話として,「刑法って何のためにあるの」というところを考えなければいけません。
ここは実は世界中で昔から熱い議論をしており,今でもこれ,という考えは固まっていません。
代表的には次の2種類があります。
(1) 応報刑論(刑法セーラームーン説)
簡単にいうと,刑罰は「お仕置き」だとするものです。裁判官の判決には「月に代わっておしおきよ」という意味が込められているとするものです。
(2) 目的刑論(刑法やんくみ説)
簡単にいうと,刑罰は「再教育」だとするものです。裁判官の判決には「おめーら,人の道ってんのをしらねーのか。その根性,たたき直してやる。」という意味が込められているとするものです。
2 日本の刑法はどっち?
日本の刑法は明治時代に作られたものです。2,3年前に片仮名から平仮名に変わりましたが,内容それ自体はほとんど変わっていません。
そして,多くの学者は,当時主流だった「刑法セーラームーン説」を取っていると説明してます。
一方で,実際の刑務所では受刑者の更正プログラムが用意されていることや,刑法以外に更正のための措置が執れる法律があることなどから,最近では「刑法やんくみ説」も強く主張されています。
結局のところ,この両方の意味がある,というところになるでしょうか。
第3 なぜ刑事責任能力がないと減刑または刑が免除されるのか
1 責任が免除されること
上記第1第2から,結局刑法は何を考えているのかというと,「分別がつく奴には,それ相当の罰を与えよう。」ということです。これを逆からいうと「分別の付かない奴には,罰は与えられない。」ということになります。
刑法セーラームーン説を採ると,刑法は「お仕置き」ですから,分別が付かなくてもできるのではないかという疑問がないわけではありません(子供へのお尻ペンペンと同じですから。)が,少なくとも刑法やんくみ説では,「再教育」の意味があるため,自分がやったことを理解し,再教育(これが刑罰)の内容も十分に理解できる人でなければ罰しても意味がないということになります。
そして,前述のとおり刑法には両方の意味があることからすると,やはり理解できない人(心神喪失の人)を処罰することはよくない,という発想になるわけです。
2 責任が減ること
では,若干意識があるが,普通の人よりもその能力が劣るという場合(心神耗弱のひと)はどうでしょうか。
ここでは自分のやったことは一応理解しているため,お仕置きにしろ再教育にしろやる価値はあります。ただ,やはり普通の人より理解する能力が劣るのであれば,まあ善悪の判断も難しいかな,ということになります。
だから,お仕置きも少な目,再教育もそこそこに,という発想になります。
第4 刑事責任能力は誰がどのように判断するのか
1 医師の鑑定
まず,責任能力は,医学的な見地から判断される必要があります。医者の精神鑑定がその典型例です。
2 最後は裁判官
でも,裁判官はその鑑定を鵜呑みにしません。責任能力の有無は医学的な鑑定を参考にしながらも,法廷での被告人の言動や犯行時の状況などを総合的に判断して責任の有無を考えることになります。
つまり,最後は裁判官が,「こいつは悪いと知ってやったなあ。だからお仕置きなり再教育する必要あるね」と考えた場合は,責任能力があるということになります。
実際にも,医師の鑑定では軽度の精神障害の結果がでつつも,通常の責任能力があるとして刑事責任能力を完全に認めた事例は多数あります(逆にいうと,医師の鑑定もないが,刑事責任能力を認めないという例もたまにはあると聞いています。)。
第5 刑事責任能力がないと判断された場合どうなるか
1 現在の運用
刑事責任能力がないことを理由に不起訴(つまり裁判にさえならなかった場合)や,裁判で無罪となった場合,刑法としては無罪放免となります。
しかし,それではまた同じことをやる可能性があることから,「措置入院」ということで病院に強制的に入院させるという手法を取っています。
しかし,刑罰ではないため,病院の判断でいつでも退院できますし,病院を抜け出してしまったらそれまでです。また,親族が連れて帰るといったらばそれまでです。
つまり,限りなく野放し状態にであるというのが現状です。
2 心神喪失者等医療観察法の施行
そこで,今年7月から「心神喪失者等医療観察法」が施行されます。これについては,実はまだ勉強していませんが簡単にいえば,刑事責任がないと判断されたものについて,別途検察官が裁判所に申立をして,病院への強制入院を可能とするものです。
これにより,ある程度は病院に強制的に入れておくことができることになります。
第6 刑事責任制度の問題点(私見)
ここからは個人的な見解であり,異論も多いと思います。参考程度にお読みください。
1 被害者の観点が抜けていること
刑事責任は,結局加害者にお仕置きなり再教育ができるか,という観点で考えられています。一方で,被害者としての観点は,お仕置きという点では多少考慮されるものの,刑事責任の観点では,結局ないがしろにされています。
例えば身内を殺されたのであれば,それが普通の人であろうと心神喪失者であろうとその怒りは変わらないはずです。
2 刑罰としての入院治療がない
保安処分といいますが,刑事責任が問えないとしても病的な理由であるならば徹底的な治療が望まれます。しかし,上記措置入院による治療が可能であるものの,刑期がない以上,結局は医師の判断になります。
また,責任能力とは若干はずれますが,最近話題となっている性犯罪については,例えば再犯防止のために性欲を抑える薬を注射する等して再販を抑えるという刑をアメリカの一部の州などで採用しています。
人権問題など課題は多いものの,保安処分は刑事責任がない場合はもちろんのこと,再犯率の高い犯罪者に対する抑止として有効であると思われます。
TB先(途中から始めましたので一部です)
http://blog.livedoor.jp/yononakakoubou/archives/50528462.html
http://asatteblog.exblog.jp/3055997/
女性監禁事件の被疑者が統合失調症であることを供述していることから,場合によっては心神耗弱として減刑される可能性が理論上あり得ます。一方で,そもそも減刑を認めて良いのかという議論も出始めており,刑事責任能力に対する関心が高まっていると言えます。
そこで,その議論の参考とするべく,ここでは,そもそも刑事責任は何か,どうして減刑されるのか,誰がそれを判断するのかなどについて説明したいと思います。
よろしければ続きを読む前に1クリックお願いしますm(__)m→人気blogランキングへ 第1 刑事責任能力とは何か
1 心神喪失と心神耗弱
刑法39条1項では,心神喪失者は処罰しないことを,2項では心神耗弱者は刑を減軽すると規定されており,裁判官が被告人は心神喪失又は心神耗弱だと認めた場合は,必ず刑を免除または減刑しなければならないことになっています。
ここで,心神喪失とは簡単にいうと「自分が何をやっているのか自分でも分からない状態」をいいます。イメージとしては痴呆性高齢者のような方になります。
心神耗弱とは簡単にいうと「自分が何をやっているのかちょっと理解できない上代」をいいます。イメージとしては,酔っぱらい(実際は責任能力あるのですが,イメージです),統合失調症などの精神障害などになります。
2 責任能力
責任能力とは,犯人に対して犯罪の責任を問える為の能力です。つまり,今風にいうと「自己責任」の原則といえるでしょうか。「お前はすべて悪いと知っていながらやったな。けしからん。」ということを問うための能力です。
刑法では,上記心神喪失者,心神耗弱者及び14歳未満のものについて刑事責任能力がないと規定しています。つまり,これらの者については「お前はすべて悪いと知っていた。」という部分が「きっと知らなかったよなあ。しょうがないかあ。」と考えられるとして,責任なしとしてしまったわけです。
第2 そもそも刑法とは何か
1 なぜ処罰するのか
ところで,責任能力を考える上では,もっと大きな話として,「刑法って何のためにあるの」というところを考えなければいけません。
ここは実は世界中で昔から熱い議論をしており,今でもこれ,という考えは固まっていません。
代表的には次の2種類があります。
(1) 応報刑論(刑法セーラームーン説)
簡単にいうと,刑罰は「お仕置き」だとするものです。裁判官の判決には「月に代わっておしおきよ」という意味が込められているとするものです。
(2) 目的刑論(刑法やんくみ説)
簡単にいうと,刑罰は「再教育」だとするものです。裁判官の判決には「おめーら,人の道ってんのをしらねーのか。その根性,たたき直してやる。」という意味が込められているとするものです。
2 日本の刑法はどっち?
日本の刑法は明治時代に作られたものです。2,3年前に片仮名から平仮名に変わりましたが,内容それ自体はほとんど変わっていません。
そして,多くの学者は,当時主流だった「刑法セーラームーン説」を取っていると説明してます。
一方で,実際の刑務所では受刑者の更正プログラムが用意されていることや,刑法以外に更正のための措置が執れる法律があることなどから,最近では「刑法やんくみ説」も強く主張されています。
結局のところ,この両方の意味がある,というところになるでしょうか。
第3 なぜ刑事責任能力がないと減刑または刑が免除されるのか
1 責任が免除されること
上記第1第2から,結局刑法は何を考えているのかというと,「分別がつく奴には,それ相当の罰を与えよう。」ということです。これを逆からいうと「分別の付かない奴には,罰は与えられない。」ということになります。
刑法セーラームーン説を採ると,刑法は「お仕置き」ですから,分別が付かなくてもできるのではないかという疑問がないわけではありません(子供へのお尻ペンペンと同じですから。)が,少なくとも刑法やんくみ説では,「再教育」の意味があるため,自分がやったことを理解し,再教育(これが刑罰)の内容も十分に理解できる人でなければ罰しても意味がないということになります。
そして,前述のとおり刑法には両方の意味があることからすると,やはり理解できない人(心神喪失の人)を処罰することはよくない,という発想になるわけです。
2 責任が減ること
では,若干意識があるが,普通の人よりもその能力が劣るという場合(心神耗弱のひと)はどうでしょうか。
ここでは自分のやったことは一応理解しているため,お仕置きにしろ再教育にしろやる価値はあります。ただ,やはり普通の人より理解する能力が劣るのであれば,まあ善悪の判断も難しいかな,ということになります。
だから,お仕置きも少な目,再教育もそこそこに,という発想になります。
第4 刑事責任能力は誰がどのように判断するのか
1 医師の鑑定
まず,責任能力は,医学的な見地から判断される必要があります。医者の精神鑑定がその典型例です。
2 最後は裁判官
でも,裁判官はその鑑定を鵜呑みにしません。責任能力の有無は医学的な鑑定を参考にしながらも,法廷での被告人の言動や犯行時の状況などを総合的に判断して責任の有無を考えることになります。
つまり,最後は裁判官が,「こいつは悪いと知ってやったなあ。だからお仕置きなり再教育する必要あるね」と考えた場合は,責任能力があるということになります。
実際にも,医師の鑑定では軽度の精神障害の結果がでつつも,通常の責任能力があるとして刑事責任能力を完全に認めた事例は多数あります(逆にいうと,医師の鑑定もないが,刑事責任能力を認めないという例もたまにはあると聞いています。)。
第5 刑事責任能力がないと判断された場合どうなるか
1 現在の運用
刑事責任能力がないことを理由に不起訴(つまり裁判にさえならなかった場合)や,裁判で無罪となった場合,刑法としては無罪放免となります。
しかし,それではまた同じことをやる可能性があることから,「措置入院」ということで病院に強制的に入院させるという手法を取っています。
しかし,刑罰ではないため,病院の判断でいつでも退院できますし,病院を抜け出してしまったらそれまでです。また,親族が連れて帰るといったらばそれまでです。
つまり,限りなく野放し状態にであるというのが現状です。
2 心神喪失者等医療観察法の施行
そこで,今年7月から「心神喪失者等医療観察法」が施行されます。これについては,実はまだ勉強していませんが簡単にいえば,刑事責任がないと判断されたものについて,別途検察官が裁判所に申立をして,病院への強制入院を可能とするものです。
これにより,ある程度は病院に強制的に入れておくことができることになります。
第6 刑事責任制度の問題点(私見)
ここからは個人的な見解であり,異論も多いと思います。参考程度にお読みください。
1 被害者の観点が抜けていること
刑事責任は,結局加害者にお仕置きなり再教育ができるか,という観点で考えられています。一方で,被害者としての観点は,お仕置きという点では多少考慮されるものの,刑事責任の観点では,結局ないがしろにされています。
例えば身内を殺されたのであれば,それが普通の人であろうと心神喪失者であろうとその怒りは変わらないはずです。
2 刑罰としての入院治療がない
保安処分といいますが,刑事責任が問えないとしても病的な理由であるならば徹底的な治療が望まれます。しかし,上記措置入院による治療が可能であるものの,刑期がない以上,結局は医師の判断になります。
また,責任能力とは若干はずれますが,最近話題となっている性犯罪については,例えば再犯防止のために性欲を抑える薬を注射する等して再販を抑えるという刑をアメリカの一部の州などで採用しています。
人権問題など課題は多いものの,保安処分は刑事責任がない場合はもちろんのこと,再犯率の高い犯罪者に対する抑止として有効であると思われます。
TB先(途中から始めましたので一部です)
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http://asatteblog.exblog.jp/3055997/
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