きゃーΣz爆弾発言だわぃ。
おおげさな言い方だけど思い返すと人生で数回無きがごとくです。
今日バイトでピーマン切るときにあまりの僕のおぼつかなさに
店長びっくりです。お嬢様育ちにせよリアルにここは穴だった。
というかずるいよね、三島文学読んだことないとかさ、数学もわからないとかさ
、教養や知識がない人はあんま責めに帰さないのにさ、包丁使えない女扱いで
蔑まれるからね(笑)帰責性に値するからね。
まあまあ料理や家事ってさ、実相だから。実務。
だからできないと無能かもしれないよ。
でもね、いくら卒なくこなしたって人の気持ちを推し量って導くことの
方がはるかに価値あると思う。世間の親がそうでしょ?家事とかやって
子供の学校で必要なものとかは全部そろえてあげられるけど、
子供が何に悩み、傷つき、なにを話したいのかわかるわけじゃない。
精神的に導き、心の声に寄り添って一緒に考えたりして成長していく。
これは甘やかしなんかじゃねえと思う。人間の厳しさだよな、
子供のひとりよがりのセンチメンタリズムを
真っ向から否定するんじゃなくて、存在を認めた上でさ、
いわば論証的にディベートすんだよ、自分の生き方踏まえてさ。
それが親の生き様とか考え方とかが反映されて子供は親の考え方を
知るんよ。そしてまた考える機会を得るのね。
もっと子供に考えさせるべきだと思うね。あまりにも狭い考えしか
できなくて、人の気持ちに無神経な人が多いからね。
でも、やっぱりそういう精神的な配慮ってその能力ははっきり
証明できるものじゃないし、数値化できないし。
基準もないからね。やっぱりわかりやすい実務が優先されるんよ。
実務は完璧できるかできないかしかないからわかりやすいの。
実務ってほんと怖いよ。だってね、私がテーブル拭くときに思うのが
(お客は綺麗なテーブルで食べたいだろうな)と思ってていねいに拭く。
片のおばさんはただ拭けばいいって拭いてる。
でも客観的には同じやん?
その思惑は完全に捨象されて実務の行為だけが残る。
精神なき世界。実相。冷徹な運営だよね。
だから私は恋愛=結婚とかほざくやつらが大嫌いなんだよね。
全然違うだろと。恋愛は精神だ。相手をいたわる思いやりだ。
結婚は実相だ。現実を運営する生活だ。生活、洋服のたたみ方の違いだの
ハンガーのしまう場所などくだらないことの運営だ。
運営には効率と共有と一致。精神には思いやりとつつしみと気遣い。
でも実相を伴わない精神は無益と批判され、精神を伴わない実相は無機と
蔑まれるだろう。夏目漱石の『それから』という作品にもその対立構造が
見受けられる。
できるにこしたこたないんだろうから、努力するけどね。
できないだけで切り捨てられるなら、こっちだっていくらでも
切る捨てられる分野にいたけどそれをしないのが美徳だと思ってるから
そういう切捨てはしないけどね。甘いかね。
店長は優しくこれからも教えてくれるけど、少しずつ矯正するね。
料理もできて文学語れて、法律説明できてそんでモテる人間に
なります。
店長にマコのこと前から話してたんよ。
そんで私的には会えなくてもけっこう平気なのね。
帰ったらまた出かけたりするだろうし。って言ったら
それは本当に好きではないんだって。好きなら会いたくてたまらないそうだ。
でもそれなら不毛だしなあ。そこまで好きじゃないんだろうなあ。
先輩はいつか帰ってくるって信じてるし、頑張って欲しいから
それまで自分も頑張って精進していつか会えるって思ってる。
自分の気持ちをただ押し付けるのはマナーじゃない。
相手の立場にたって考えて、時と場合をわきまえるのが分別だと思うし。
大丈夫、また会える。だって貴方は誰よりも目を背けずに頑張ってるじゃねえか。
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おおげさな言い方だけど思い返すと人生で数回無きがごとくです。
今日バイトでピーマン切るときにあまりの僕のおぼつかなさに
店長びっくりです。お嬢様育ちにせよリアルにここは穴だった。
というかずるいよね、三島文学読んだことないとかさ、数学もわからないとかさ
、教養や知識がない人はあんま責めに帰さないのにさ、包丁使えない女扱いで
蔑まれるからね(笑)帰責性に値するからね。
まあまあ料理や家事ってさ、実相だから。実務。
だからできないと無能かもしれないよ。
でもね、いくら卒なくこなしたって人の気持ちを推し量って導くことの
方がはるかに価値あると思う。世間の親がそうでしょ?家事とかやって
子供の学校で必要なものとかは全部そろえてあげられるけど、
子供が何に悩み、傷つき、なにを話したいのかわかるわけじゃない。
精神的に導き、心の声に寄り添って一緒に考えたりして成長していく。
これは甘やかしなんかじゃねえと思う。人間の厳しさだよな、
子供のひとりよがりのセンチメンタリズムを
真っ向から否定するんじゃなくて、存在を認めた上でさ、
いわば論証的にディベートすんだよ、自分の生き方踏まえてさ。
それが親の生き様とか考え方とかが反映されて子供は親の考え方を
知るんよ。そしてまた考える機会を得るのね。
もっと子供に考えさせるべきだと思うね。あまりにも狭い考えしか
できなくて、人の気持ちに無神経な人が多いからね。
でも、やっぱりそういう精神的な配慮ってその能力ははっきり
証明できるものじゃないし、数値化できないし。
基準もないからね。やっぱりわかりやすい実務が優先されるんよ。
実務は完璧できるかできないかしかないからわかりやすいの。
実務ってほんと怖いよ。だってね、私がテーブル拭くときに思うのが
(お客は綺麗なテーブルで食べたいだろうな)と思ってていねいに拭く。
片のおばさんはただ拭けばいいって拭いてる。
でも客観的には同じやん?
その思惑は完全に捨象されて実務の行為だけが残る。
精神なき世界。実相。冷徹な運営だよね。
だから私は恋愛=結婚とかほざくやつらが大嫌いなんだよね。
全然違うだろと。恋愛は精神だ。相手をいたわる思いやりだ。
結婚は実相だ。現実を運営する生活だ。生活、洋服のたたみ方の違いだの
ハンガーのしまう場所などくだらないことの運営だ。
運営には効率と共有と一致。精神には思いやりとつつしみと気遣い。
でも実相を伴わない精神は無益と批判され、精神を伴わない実相は無機と
蔑まれるだろう。夏目漱石の『それから』という作品にもその対立構造が
見受けられる。
できるにこしたこたないんだろうから、努力するけどね。
できないだけで切り捨てられるなら、こっちだっていくらでも
切る捨てられる分野にいたけどそれをしないのが美徳だと思ってるから
そういう切捨てはしないけどね。甘いかね。
店長は優しくこれからも教えてくれるけど、少しずつ矯正するね。
料理もできて文学語れて、法律説明できてそんでモテる人間に
なります。
店長にマコのこと前から話してたんよ。
そんで私的には会えなくてもけっこう平気なのね。
帰ったらまた出かけたりするだろうし。って言ったら
それは本当に好きではないんだって。好きなら会いたくてたまらないそうだ。
でもそれなら不毛だしなあ。そこまで好きじゃないんだろうなあ。
先輩はいつか帰ってくるって信じてるし、頑張って欲しいから
それまで自分も頑張って精進していつか会えるって思ってる。
自分の気持ちをただ押し付けるのはマナーじゃない。
相手の立場にたって考えて、時と場合をわきまえるのが分別だと思うし。
大丈夫、また会える。だって貴方は誰よりも目を背けずに頑張ってるじゃねえか。
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