■ 呼び方はいろいろあれど・・・
昨日は10人のお客様でした。
ヨガのほうに興味がある方のために、ヨガ記事を書いていこうと思いつつ、プライオリティ的に追いついていない感じです。
山、忙し…
とはいえ、山登りにもヨガは大変役立つし、私にとっては、お山が心の師匠という感じです。
山に行くと、人生を学ぶことができます。山では自己対話できる。だから山が好きなんですよね。
自然から学びたいなといつも歩くたびに思います。
その自然、というのは、まぁ、宗教的に言えば、神です。スピリチュアル的に言えば、”大いなる自己”や”スーパーソウル”あるいは、”ハイヤーセルフ”であり、科学的に言えば、”集合的無意識”と言われているものです。
ビジネスでは、”潜在意識””インスピレーション”や”第六感””引き寄せ””シンクロニシティ”も同じものを異なるアスペクトから見ているだけです。
ヨガでは、特に、クリシュナ、と言う名前を与えています。
が、全部同じものです。 まぁ名前はどうだっていいのです。
その存在を確信しているか?いないか?が分かれ目なだけです。
その確信も、心の目で見るものなので…、あまり勧誘に走らないことがポイントです(笑)(大体エセ宗教は勧誘に熱心です)
で、ヨガというのは、健康というご褒美をとっかかりにして、心の目を開くための一つの手段です。
他にもいろいろな手段があるので、特にヨガに固執する必要はないです。山登りだっていいわけです。
■ 色々なヨガ
心の目を開くのに、
・知性を使う
・仕事を使う
・愛を使う
・体を使う
・言葉を使う
・瞑想を使う
といくつかの方法があり、それぞれのヨガに名前がついています。
・知性を使う =ギャーナヨガ
・仕事を使う = カルマヨガ
・愛を使う = バクティヨガ
・体を使う = ハタヨガ
・言葉を使う =マントラヨガ
・瞑想を使う =ラージャヨガ
というわけでヨガのポーズをしなくても、ほとんどの人はカルマヨガ(職業において奉仕する)ヨガをやっているわけですね。
カルマヨガの世界は、報酬と対価の世界です。ギブ・アンド・テイク。ああすればこうする。やられたらやり返す。
つまり、刺激に対して反応している世界です。ラジャス(劇性)の性質の世界と呼ばれています。
カンタンに言うと、みんな「勝ち組」を目指す。「負け組」と呼ばれることが恐ろしくて、頑張る。
ただ、この方式はすぐに限界が来ることは見えています。燃え尽き、とか、虚脱感、とか人生の意味を見失うとか、ですね。
挫折がなくても物事の二面性に気がついた人から、「100%の正解も100%の不正解もない」とわかるからです。
ということから、結局は、考えれば考えるほど、勝者も敗者も存在しない世界が見えてくるものなのです。
成功哲学を描いた本の作者が実は成功者じゃなかった、という苦情?苦言?が、読者から寄せられているのを見聞きしましたが、その誤解はここにあるのです。
イエス・キリストは偉大なる精神の師でしょうが、何で食べていたでしょうか?富豪だったでしょうか?そういうことです。
というわけで、ヨガはただアーサナをすることだけじゃないんだよ、というお話でした。おわり★