今年は行かないつもりだった大槌
津波で亡くなった友達に手を合わせる事が
あのお寺の骨堂に行く事が
何だか苦しいなぁと思うからだ
面倒くさい感情と戦ってそう決めたつもりだったけど
カミさんが軽く
『行こう』と誘ってくれたので
軽く『うん』って言っちゃった感じ。
釜石の駅を過ぎ
大槌に向かう道の途中に思い出されるのは
震災間もなく行った頃の事。
駅前は被害が無いように見えたのに
駅のすぐ隣のレンタカー屋さんの駐車場に
波で流されてきた車が転がっていて
その後、大槌に向かう道はがれきと壊れた街と
重なり合ってる車だらけだった
…
そんな事を思い出しながら釜石の街を抜けてゆく
途中、鵜住居という地区を通ったが
かさ上げの工事をしているのか
道路を直すための工事なのか
どこを走っているのか分からなくなるぐらい変わっていた
しばらく行くとまた見慣れた山道
津波が届かなかった場所や
大昔から人間が手を加えていない所はそのまま残っている
津波で壊れたのは人間が手を加えてきた街なのだな
大槌の街に入る直前
最後のトンネルを抜けた
暗いトンネルを出て眩しく見えた景色は
震災後、やたらと心に突き刺さる。
マストというショッピングセンターがあり青い看板が見える
あの時、その駐車場はがれきの山で
何棟もの家が押し流されてきていて
何とも表現のしにくい惨状だった…
今日は多くの車が停まっていて
賑やかな感じがした
そのショッピングセンターの向こう
川を隔てた向こう側が大槌の町だった
友達が津波で車ごと流されて発見された川を渡る
あんまり見ないようにしている。
見ると変な気分になる。
川を渡ってすぐのところに友達の家があったが
町は全面的にかさ上げ工事中で
迂回路、迂回路…
その迂回路の下が友達の家だった
もう、彼の家の基礎が残っていた場所は見ることが出来なくなった
…
迂回路を走りながら彼のお骨があるお寺を目指すが
何の目印もなく軽く迷った…。
俺の覚えている町はほとんど残骸も無くなりかさ上げされ
別の場所に来たような気持ちにさえなった。
そして、やっと到着である
お彼岸と言う事も有りお寺の近くに車が停められず
近くにあった新しい町役場の駐車場に車を停めて歩いて向かった
お墓参りの方々
ご法事に見えた方々
多くの人が居た
ご住職に挨拶をして骨堂へ…。
…
…
彼のお骨が無くなっていた
お父さんのお骨も
震災前に亡くなったお母さんのお骨も。
お墓は無かったはずなので一体どこへ…。
それでもお骨があった場所には
彼の一家の写真とアルバムがおいて有り
彼が好きだったタバコもあり
そこで手を合わせる事に。(それを発見したのはカミさんでした。
写真を見ていたら
何だか泣きそうになって
危ない…危ない…ってなって
…ちょうどその頃、本堂で法要が始まった様だった
静かに骨堂を後にした
彼のお骨が一体どうなったのか
友達に電話をしてみるが誰も繋がらないで
どうしたものかと困っていた。
するとカミさんが墓地の中に大きな石仏が立っているのを発見した
東日本大震災供養塔のようなもので
お墓は見つけられなかったけれどそこで手を合わせた
その後は
山田の方へ向かってお昼ご飯を食べて
道の駅で買い物をして
小さいながら、少ないながら
被災地でお金を使ってくるという我らの目標も達成した
…
その帰りに寄ったコンビニの駐車場
さっき電話しても出なかった友達から着信があった
お寺さんまで来たけれどお骨が無かったので電話したのだと言うと
最後に俺が手を合わせて来た石仏の下に埋葬されたと教えてくれた
…そっか。よかった。
カミさんが帰りの道で言いました
…
にゃびちゃんはバカな事ばっかり言ってるから気づかないだろうって
きっと私を通じて写真の場所も、慰霊塔の場所も教えてくれたんだよ
…なるほどね
そう言われると妙に納得できるな
そしてカミさんはこう続けました
『毎年、来ましょう。忘れないためとかじゃなく。毎年来ましょう。』
『うん。』
約束しちゃいました。

お寺さんの帰りに寄った
旧大槌町役場
お地蔵さんと
その近くには賽銭泥棒に何度もやられた献花台があった
今は賽銭箱を設置していなかったけれど
おおくの花がお供えされていた
こういう場所の賽銭箱を盗んだ奴らは一体どんな人間だろう
本当に許せないな…
…
この役場は津波後の状態のまま残っていて
まわりはかさ上げ工事などで変わってきているのに
取り残されて静かに建っていました
残すのが大切なのか
思い出すと辛いから壊すべきなのか
それは俺には分からないけれど
見ていると心が苦しくなるのです
どうする予定なのかな…
とりあえず無事に帰ってきた
行きと帰りで
いきものがかりのアルバムを聴いてきた
久々にカミさんとデートしたような気分にもなったな
…
仕方ねぇ
来年も来てやるか。
津波で亡くなった友達に手を合わせる事が
あのお寺の骨堂に行く事が
何だか苦しいなぁと思うからだ
面倒くさい感情と戦ってそう決めたつもりだったけど
カミさんが軽く
『行こう』と誘ってくれたので
軽く『うん』って言っちゃった感じ。
釜石の駅を過ぎ
大槌に向かう道の途中に思い出されるのは
震災間もなく行った頃の事。
駅前は被害が無いように見えたのに
駅のすぐ隣のレンタカー屋さんの駐車場に
波で流されてきた車が転がっていて
その後、大槌に向かう道はがれきと壊れた街と
重なり合ってる車だらけだった
…
そんな事を思い出しながら釜石の街を抜けてゆく
途中、鵜住居という地区を通ったが
かさ上げの工事をしているのか
道路を直すための工事なのか
どこを走っているのか分からなくなるぐらい変わっていた
しばらく行くとまた見慣れた山道
津波が届かなかった場所や
大昔から人間が手を加えていない所はそのまま残っている
津波で壊れたのは人間が手を加えてきた街なのだな
大槌の街に入る直前
最後のトンネルを抜けた
暗いトンネルを出て眩しく見えた景色は
震災後、やたらと心に突き刺さる。
マストというショッピングセンターがあり青い看板が見える
あの時、その駐車場はがれきの山で
何棟もの家が押し流されてきていて
何とも表現のしにくい惨状だった…
今日は多くの車が停まっていて
賑やかな感じがした
そのショッピングセンターの向こう
川を隔てた向こう側が大槌の町だった
友達が津波で車ごと流されて発見された川を渡る
あんまり見ないようにしている。
見ると変な気分になる。
川を渡ってすぐのところに友達の家があったが
町は全面的にかさ上げ工事中で
迂回路、迂回路…
その迂回路の下が友達の家だった
もう、彼の家の基礎が残っていた場所は見ることが出来なくなった
…
迂回路を走りながら彼のお骨があるお寺を目指すが
何の目印もなく軽く迷った…。
俺の覚えている町はほとんど残骸も無くなりかさ上げされ
別の場所に来たような気持ちにさえなった。
そして、やっと到着である
お彼岸と言う事も有りお寺の近くに車が停められず
近くにあった新しい町役場の駐車場に車を停めて歩いて向かった
お墓参りの方々
ご法事に見えた方々
多くの人が居た
ご住職に挨拶をして骨堂へ…。
…
…
彼のお骨が無くなっていた
お父さんのお骨も
震災前に亡くなったお母さんのお骨も。
お墓は無かったはずなので一体どこへ…。
それでもお骨があった場所には
彼の一家の写真とアルバムがおいて有り
彼が好きだったタバコもあり
そこで手を合わせる事に。(それを発見したのはカミさんでした。
写真を見ていたら
何だか泣きそうになって
危ない…危ない…ってなって
…ちょうどその頃、本堂で法要が始まった様だった
静かに骨堂を後にした
彼のお骨が一体どうなったのか
友達に電話をしてみるが誰も繋がらないで
どうしたものかと困っていた。
するとカミさんが墓地の中に大きな石仏が立っているのを発見した
東日本大震災供養塔のようなもので
お墓は見つけられなかったけれどそこで手を合わせた
その後は
山田の方へ向かってお昼ご飯を食べて
道の駅で買い物をして
小さいながら、少ないながら
被災地でお金を使ってくるという我らの目標も達成した
…
その帰りに寄ったコンビニの駐車場
さっき電話しても出なかった友達から着信があった
お寺さんまで来たけれどお骨が無かったので電話したのだと言うと
最後に俺が手を合わせて来た石仏の下に埋葬されたと教えてくれた
…そっか。よかった。
カミさんが帰りの道で言いました
…
にゃびちゃんはバカな事ばっかり言ってるから気づかないだろうって
きっと私を通じて写真の場所も、慰霊塔の場所も教えてくれたんだよ
…なるほどね
そう言われると妙に納得できるな
そしてカミさんはこう続けました
『毎年、来ましょう。忘れないためとかじゃなく。毎年来ましょう。』
『うん。』
約束しちゃいました。

お寺さんの帰りに寄った
旧大槌町役場
お地蔵さんと
その近くには賽銭泥棒に何度もやられた献花台があった
今は賽銭箱を設置していなかったけれど
おおくの花がお供えされていた
こういう場所の賽銭箱を盗んだ奴らは一体どんな人間だろう
本当に許せないな…
…
この役場は津波後の状態のまま残っていて
まわりはかさ上げ工事などで変わってきているのに
取り残されて静かに建っていました
残すのが大切なのか
思い出すと辛いから壊すべきなのか
それは俺には分からないけれど
見ていると心が苦しくなるのです
どうする予定なのかな…
とりあえず無事に帰ってきた
行きと帰りで
いきものがかりのアルバムを聴いてきた
久々にカミさんとデートしたような気分にもなったな
…
仕方ねぇ
来年も来てやるか。