知っているほうがいいのか、知らないほうがいいのか

2011-12-26 22:20:27 | インポート

とっくに十三回忌の済んだ亡父の入院から死までのことをなぜか思い出している。

父は病院嫌いで,おまけに変なところで臆病な人だった。どうも診察の結果があまりよくないといやだと思っていた気配があった。で、結局最終的に癌が発見されたときは完全に手遅れで末期状態だったわけだ。

煙草が原因らしい喉の癌(扁桃癌)で、生まれ年が同じ母方の伯父が煙草は癌になるそうだから自分は煙草をやめるといった時、父のほうは、俺は死んでも煙草をやめないといったという話をきいている。その伯父は煙草はやめたものの、高血圧だったので脳溢血で寝たきりになってしまい、父と同じ年に前後して亡くなった。父のほうは煙草をやめずにいてちゃんと癌になってみてから、あわてて煙草をやめたのだから子供としては腹立たしい。

もうそれは言っても仕方のないことではあるのだけど、父の癌、見つかった時はすでにどうにも手のつけようのない末期癌もいいところだったのに、医者は朝から夜中遅くまでかかった医師三人がかりの大手術を父に実行したのだ。父はすでに七十代後半の老人だったし、老人の場合、癌の進行もゆっくりで、かえって下手に切らないほうがいいケースもあるのだそうだが、あまり医者を疑ったりしない、ごく普通のおじいさんだった父は医者を信じて大手術を受け、どうせ切らなくても余命半年だったのに、無駄な苦しみまで味わって結局切っても切らなくても余命半年でこの世を去っていった。

あの大手術の後、しばらくの間病気は回復してきたように見え、当人も家族も周りの人間は治る希望を持たされたのだ。でも、患部をすべて切り取っても癌自体は細胞レベルで広がっていたわけで、しばらくすると再び再発した。ぬか喜びの時間だった。

正直な話、父の件以来、余り医者の言うことを信用しすぎないようになっている。確かに良医もおいでだし、大方の方はよい医者なのだろうとは思うが、全面的に信じる気になれない。

だが・・・ここに患者側はいったいどの程度まで自分の病状を把握することが出来るのだろうかという問題も出てきた。きちんと知っていないと気がすまない当方のような人間ばかりではないから、やたらなことは医者としても言えないというケースもあるだろうし、考えると少々頭痛がしてくるようだ。

世の中、実にいろいろだ。