「発句の事は行きて帰る心の味はひなり」
土芳は芭蕉の
山里は万歳遅し梅の花
を引いて、行きて帰る心を、「万歳が遅い」と「梅の花」という二つの事柄の
取り合わせとして解釈したようだ。しかし、この二つには何かしら余情という
か、絡み合う何かが醸し出す雰囲気があるような気がする。
写真にも取り合わせは多い。例えば朝日と棚田などである。しかし、傑作はそ
れだけで出来ているわけではない。レンズ選択・構図・露出など、数多くの選
択を経る必要がある。
蔵出し。
「発句の事は行きて帰る心の味はひなり」
土芳は芭蕉の
山里は万歳遅し梅の花
を引いて、行きて帰る心を、「万歳が遅い」と「梅の花」という二つの事柄の
取り合わせとして解釈したようだ。しかし、この二つには何かしら余情という
か、絡み合う何かが醸し出す雰囲気があるような気がする。
写真にも取り合わせは多い。例えば朝日と棚田などである。しかし、傑作はそ
れだけで出来ているわけではない。レンズ選択・構図・露出など、数多くの選
択を経る必要がある。
蔵出し。
今年はアケボノツツジの当たり年でした。
蛇のような肌の幹はシロヤシオ。風雪に耐えた異様な樹形が興味を引く。
花は昨年が当たり年だったため、今年は不発。
ペンタックス645Ⅱ
べルビア100