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絵じゃないかおじさんぐるーぷ
(昭和の終わりころ~)
これは、まさにかぐや姫!
でも道具は何もない。
すぐさま家に引返す。
鋸を捜し出す。
Oさんが居なければ、何処に何が置いているか分からない。
家音痴もいいところだ。
Oさんに電話をかける。
「今頃、何に使うの?」
日頃、使ったこともない鋸を、それも夜も8時すぎに在り場所を
問い合せるものだから、
[オッさん、また何をやり始めるのか]と心配でならないのだろう。
物置の左の隅に置いてあるという。
私は、まさか爪を切るとも言えず、適当に誤魔化す。
Oさんも、その当たりは心得ていて追求は止める。
私は不安になった。
見間違いではなかったのか?
誰かがもう先に見つけているのではないか?
とにかく、鋸を捜しだし竹の許へと急ぐ。
幸いなことに、まだ誰も気がついてないようだった。
そこは確か私有林の筈だ。
昼間、いつか
{竹の子を取らないで下さい 某}
という立て札を見かけたことがある。
竹の子の季節には、外れているので安心なのだが、
他人様の私有地に黙って入り、竹を切るには相当な勇気がいる。
けれど、夜もかなりの時間に、
「お宅の竹の根元が光っている。
あの中には、かぐや姫が居るに違いないから、
すぐ一緒に行って切ってみましょう」などと、言ってもごらん。
{こいつ、ええ年して何を血迷っているのか}と、
一笑に付されるのが落ちだ。
場合によっては、拳骨の一発も見舞われるか、警官を呼ばれるか、
そんな所に落ち着くだろう。
ああ、夢もロマンもない奴ばかりだ!
とは言うものの、この私自身が、他人にそんなことを言われると、
頭から信じたりはしないのだから、お相子なのだろう。
サヤカを脇道に隠しライトを消して、周りに注意を払いながら、
竹林の中に踏み込んでゆく。
地上に落ちている笹の葉が、
{わっ、盗人(ぬすっと)!}と叫んでいるようだ。
小さいとき、スイカを失敬したような心境が蘇ってくる。
光る竹への期待と、
泥棒をしているような後めたさが、微妙にブレンドしている。
近づいてよく見ると、下から3段目の節から光が出ていた。
上下の節は、ぼやっーとした明るさだ。
その節の中では窒素が8割近く酸素が2割足らず、
残りを主に二酸化炭素が占めていて、仲良く住み分けしているようだ。
普通の空気より酸素が少なく、二酸化炭素が多いようである。(注1)
元来、不器用な私は、そこで考えた。
目的の節を直接切って、
中に居るはずのかぐや姫を、傷つけてはならない。
そのためには、その一節分、
そのまま切り取って持ち帰り、
上の節を、ナイフで繰り抜いてやろうと思った。
上の部分から切り取ってゆく。
ゆっくりゆっくりと鋸を引く。
普段使った事がないので、
真ん中がぴょこんと曲がったり、
押すことも引くことも出来なくなったりする。
日頃の手抜き生活が、こんな所にも現われてくる。
それでも何とか傾きかける。
節の太さは、両手の親指と中指で輪を作って、
少し足りない大きさである。
高さは5~6mは、あるのだろうか。
その竹が、ザザッと倒れ始めた。
ビキビキビキッと音を立てる。
誰かに聞かれはしないかと気が気でない。
切り口は全部は切り取っていないので、くっついたままだ。
丁寧に切り落とす。
ああ、半分終わった。
下の部分も切り取る予定だったのだが、
前半に力を使い過ぎたので、
手抜きをすることに変更する。
上の節の境辺りに鋸を入れる。
切り口の中を覗くと透き通るような明るさだ。
まさか、節すれすれに、頭を置いてないだろうと、
楽観して鋸を進める。
しかし、怪我をさせては大変だと思い、
今度は上から縦に引いてゆく。
横の切り口と縦の切り口が合った。
私は、手を震わせながら、その部分をもぎ取った。
ピカーッ。
光が天に走った。
私は一瞬怯む。
もしかして、放射能でも浴びるのではないかとの、
恐怖に捉われる。
でも、今更後には引けない。
光が数秒かけて、蒸発してしまったようだ。
しかしまだ、何となく明るかった。
隙間から覗き込むと、産着のようなものが見えた。
やっぱり!
居た。
私は、節を少しずつ剥がしてゆく。
鋸と手を使って必死だった。
竹の中には、女の子が、
小さい縦のベットのようなものに括られて寝ていた。
何故、女の子と分かったのか。
それは、髪が長くて、女の子らしい顔立ちをしていたからだ。
括っていた糸を外し、女の子を掬い上げる。
15~6cmぐらいで、小さ目の鶏卵を、
三つ縦に並べたぐらいの感じだった。
すやすやと、よく眠っている。
ヘルメットに入れ、片手運転で帰る。
片手だと、ギアチエンジが出来ないので、
エンジンが、やけに大きい音をたてる。
静かに、誰にも知られないように、帰ろうとしているのにだ。
心は踊る。
これで、私は一躍大金持ち。
しかしながら、私は黄金が湧いてくる、
竹林などに縁はない。
どこから黄金が湧いてくるのか、楽しみだ。
子供はいくら居てもいいと思うのだが、三人でストップした。
Oさんも、もう育てるのもしんどいと言うし、
三人でも私の稼ぎを遥かに超えている。
扶養家族に、住宅ローンOさんの内職がモノをいうはずである。
家に連れて帰って、ゆっくりと考えて見ると、後悔し始める。
Oさんに、またTELをする。
「香久山の中で、女の子拾った」
「ええっ、すぐ警察に連絡しなさい!
何でそのまま連れて行かなかったの!」
竹が光っていて、鋸持って、と説明するが、一向に通じない。
「私をからかっているの?
馬鹿な事、言ってないで、早く寝なさい!」
ガチャーン。
いくら、Oさんとて、電話だけでは、
とても信じてはくれまい。
どうしたものか、と頭を抱えている時だった。
女の子が泣き始めた。
可愛い声だ。
近所にまでは届かないだろう。
赤子が泣けば、ミルクか、おしめ。
これでも、三人の父親である。
幸いおしめは濡れてなかった。
とすると、ミルクだ。
もう夜の11時前。
しかしながら、最近では、
こんな田舎町でも、深夜営業のスーパーが増えてきた。
どこかに粉ミルクは置いているだろうと、サヤカに跨がる。
子供を泣かせたまま、
外に出掛けるのは気がひけたが、
連れて行くわけにもゆかないので、
そのままにしておく。
鼠やゴキブリに襲われないように、
洗濯物入れ用の篭の中に入れ、
フタに重しを乗せてゆく。
ありがたいことに、2件目のスーパーに粉ミルクはあった。
哺乳ビンは下の子に使ったものが取ってあった。
乳首にあたる、ゴムの所は、少々黒ずんではいたが、
熱湯消毒したので大丈夫だろう。
沸騰した湯で、粉ミルクを溶き人肌の温度になるまで、
水道の蛇口で冷やしてやる。
ふと昔を思い出す。
上の二人に、数年間してやったことだから、
手慣れたものだった。
名前は香久やま姫と決めた。
かぐや姫では二番煎じ出し、
かといって、親戚みたいなようなものだから
似た名前で呼ぶことにした。
結論としては、私一人が呼ぶのだから、何でもいいのだ。
姫にミルクを与える。
しまった!
サイズが合わないのだ。
口から持て余している。
それに乳首穴も大きすぎた。
たらたらと穴から垂れ落ちている。
私は、綿の布を引っ張り出し熱湯消毒して、
ミルクを浸して口に含ませてやった。
「長いこと、泣かせてゴメンな」
旨そうに吸っている。
見れば見るほど可愛い。
これは、どこかで見た事があるような顔つき。
そうだ!
これは、Oさんの赤ちゃんの時の写真にそっくりではないか!
着ているものまで同じみたいだ。
不思議だった。
香久やは一段と大きくなったようだ。
拾ってから、
4時間ぐらいしか経っていないのに、
もう歩き始めたのだ。
恐い気もするが、
Oさんによく似ているので、親しみが、
その怖れの心を押さえ込んでいる。
本物のかぐや姫は成人するのに、
竹の成長期間と同じく約3カ月かかったという。
しかし、この香久やの成長スピードは、
本物よりも遥かに早そうだ。
やっぱり時代のせいなのだろうか?
40半ばで孫の相手でもないのだろうが、
孫と遊んでいるような気分。
いくら遊んでいてもキリがない。
それに明日は会社だ。
この子をどうしょうと、
早くも、明日の朝の悩みが、顔を出す。
[先々の事を考えて、
取り越し苦労をする、
悪い癖は止めなさい]
Oさんに、よく指摘されることだ。
Oさんならきっと、
[明日の朝考えましょう]と言って、コロリと寝るはずだ。
私は、そういう発想を出来るOさんが羨ましい。
そういう正反対の性格も、気に入っているのだ。
気には入っているのだが、
私には、どうしても真似出来ない。
だから、つまらないことでクヨクヨと悩む。
なかなか寝つかれなかった。
「オツさん!」
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