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絵じゃないかぐるーぷ
* 京の街へ
四獣神を、いつでも呼べると思うと、
オヅヌは、気の持ち方が、大きくなった。
イジメには、相も変わらず遭うのだが、
こんな奴等、あの呪文を唱えれば、
一たまりもなく、蹴散らされてしまうのだと思うと、
前ほどには、苦痛を感じなくなっていた。
{力強い味方が、後に控えてくれているのだ。
しかし、その力に頼るのは、一回きりだ。
余程の時でないと使わないぞ。
辛抱できるだけ辛抱してやろう}と、心に誓った。
そんなオヅヌも、いつしか20才になっていった。
賎して、貧しく、背も高くはない、
風采も上がらない青年であった。
当然、女の子も相手にはしてくれない、
孤独な暮らしであった。
父親は、15才の時、流行り病でなくなり、
今は、母親と二人で暮らしている。
農作業の手伝いや、日雇いの仕事で、
何とか生活しかねていたのである。
年老いた母親も、お産の手伝いや下働きで、
二人で働いて、やっと年に1枚、二人の着物が、
手に入るぐらいの暮らしであった。
ある年のこと、京の都の南の入口である、
羅城門が、台風で倒れ落ちたので、
荷役に、借り出されることになった。
この地方に、門の修理が、割り当てられたのである。
オヅヌも、その一員として京の都に登ることになった。
初めて目にした都は、キラめいていて素晴らしかった。
奈良の街には、数度足を延ばしたことがあったが、
人通りも少なく、僧侶ばかりが目について、
そんなに、感動はしなかったのだが、
朱雀の大通りの広いこと、着飾った人々、牛車、
色鮮やかな建物、全てが、生き生きと輝いていた。
しかし、都に着いた翌日から門の修理が始まると、
不器用なオヅヌは、皆から馬鹿にされ始めたのである。
集団で何かをするには、不向きであった。
手が不自由なため、どうしても流れ作業には、
耐えられないのである。
仕事場をたらい回しにされ、持ち場、
持ち場の監督からは、怒鳴られ、怒られっ放しだった。
頭数を揃えるために、送りこまれたのであるから、
仕方のないことである。
それでも、土を足でこねる仕事が与えられた。
日当は、皆の6割ぐらいしか貰えなかった。
オヅヌの心に、黒い炎がちょろちょろと、
燃え始めたのである。
都に来て、10日ほどして雨が降ったので、
修理工事は、休みとなった。
宿舎で、皆はバクチに興じていた。
オヅヌは、ここでも孤独であった。
外が、小降りになったので宿舎を出て、
京の街を、ぶらついてみる事にした。
しばらく歩いていると、西市と呼ばれる市場にでた。
これまで、見たこともないような食物や珍しいものが、
所狭しと、並べられていたのである。
米、麦、粟、稗、酢、ヒシオ、塩、サンショウ、
黄粉、クルミ、柿、栗、ナス、ワカメ、アオノリ、
秋刀魚、等々。
海の幸、山の幸があふれかえっていた。
いい匂いのする、見たこともないような、
食べ物の数々それらを、多くの人が金を払って、
当然のように、買ってゆく。
「どこにあんな金があるのだろう。
こんなものを、アイツラは、毎日当たり前のごとく
食っている。ろくに働きもせず、人に命令ばかりして、
着飾って、顔に化粧まで施して」と、
オヅヌは、一人つぶやいていた。
「臭いなあ。商売の邪魔だ。買わないのならあっちへ行け」
怒鳴り声とともに、突き飛ばされた。
またもや、ムラムラと怒りの炎が立ち登った。
周りから、あざ笑う声が、聞こえて来た。
「こんな所に、こられる身分ではないみたい。
番人は、何をしていたのかしら」
聞こえよがしに言う女もいる。
そのうちに、「出ていけ、出ていけ」という、
大合唱の声に、変わってきた。
オヅヌはいたたまれず、走るようにして、
宿舎の方に引き返した。
その途中、牛車の跳ねた泥が、顔にかかった。
車の中から、女の嘲る声が聞こえてきた。
怒りの炎は、ますます燃えあがっていった。
雨は上がって、雲の間からは太陽がのぞいていた。
羅城門に近づいてゆくと、仲間たちは、
修理の仕事に精を出していた。
「どこを放っつき歩いていたのだ。この役立たずが!」
監督に鞭で散々と叩かれた。
このことで、オヅヌの心の中の怒りの炎は、
もう消しようもないほどに、
燃え盛ってしまったのである。
オヅヌは、心の中で、一心に呪文を念じた。
つづく