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絵じゃないかおじさんぐるーぷ
平成はじめのころです
「こりゃ、オッさん、バイクばかりに乗っとらないで、本の一冊も読めよ。人生の指針は書物にあり、と言うではないか。ガソリン浪費して、空気汚しやがって!
聞くところによると、単行本が5万冊も売れないというじゃないか。そのくせ、100万は軽く越える車の人気車種は、年に何十万台も売れとるというのに。どうなっとんじゃ、え、おまはんらの世界!」
「えっ、そんなに売れなくて、そんなに売れているんですか?」
バイクに乗ることは、はぐらかしてやった。確かに、彼の言うことはごもっともだ。しかし、私一人がどうかしたところで、環境が良くなるわけでもない。一人ひとりが、そう思っているのだから、余計に質が悪い。何しろ、みんなの小さな寄せ集めが、巨大な怪獣を作り出しているのだから・・・
一人で、そんなことを突き詰めて考え、実践していると、常世の国にでも移住しなければならなくなるだろう。
「そうらしいぞ。嘆かわしいことよのう」
また、泣いている。オニのくせに、人の世界の心配までするな。こいつ、何でもダシにして、泣く口実を作っているんだろうなあ。
「白鬼って、どんな悪いことするんですか?」
話題をまた白鬼に戻して、気分を変えてやった。ブラック・ゼンゴは、あぐらをかいたような鼻をすすり上げながら、
「己が宿っている者を、すべて正しいと思いこませる。ものごとは、己には及ばないと思わせる。これは、自分だけは例外扱いすることじゃ。また、自分さえよければ、他はどうなってもいいと思う・・・ 数えあげたら、キリがない」
「ええっ、それ全部白鬼の所為だったの」
「そうさ、奴のせいさ。激しい恋愛をしたりな、子供が生まれて小さい間とかな、己を忘れている者には、負ける時もあるそうだか、それ以外は絶対的な力を持っているのだ。それをまた人間に感じさせないものだから、始末におえんのよ。どうしようもない。ワシは無力じゃ」
ワォーォン。濁酒をあおりながら、一層大きく泣きじゃくった。
見れたものではない。その上、こいつの言っていること、どこまで信じられるのか、分かったものではない。
「私には、あまり信じられませんが・・・」
「そう! それが、奴の手なんじゃ。白鬼ほど残酷な奴はおらんぞ」
「でも、お言葉を返すようですが、普通の人間が、そんな悪い鬼の言う通りになっていたら、人間の社会など、1週間もすれば滅びてしまうと思うのですけれど・・・」
「オッさんも、頭悪いなあ」
ほっといて! 余計なこと言われんでも、自覚してます!
「白鬼の奴は、宿るものが無くては生きてゆけんのよ。だから、生き方が巧みなのよ。ぎりぎりの限界線をよく心得ているのじゃ。誰でもいい、普通の人間に独裁権力与えてみろいっぺんに正体現すわ。他人の制約が無くなれば、白鬼のヤツ、何をしでかすか分からんぞ!
そんなもんだからワシら黒鬼ばかりに辛くあたりよる。鶏が血の出た仲間を寄ってたかって苛めているのを見たことあるじゃろが!
あれと同じことをしているんじゃ。それで、ストレス解消しながら、白鬼同士は、適当にやってるのよ」
「あの、ところで、バイク乗りの件、提案があるのですが・・・」
「何じゃ、言ってみろ」
「あなたに、バイク替りしていただければ、空気も汚れないと思うのですが。ガソリン代は、お払いしますが」
「オッさん、バカも休み休み言え。何でワシが、お前の足にならんといかん。奈良くんだりに、休みごとに行けるか。これでも、忙しいんじゃ。まあ、半年に1回ぐらいなら、付き合ってやってもいいが。その時は、大神神社にお供えするような澄まし酒、たっぷりと飲ませてくれよな」
せっかく思いついた環境に優しい交通手段を発見したのに、体よく断られてしまった。この分では、当分、さやかの厄介にならなくてはなるまい。
それから、小1時間ばかり、黒鬼に付きあわされてしまった。彼と別れてから家に帰りつくまで、ずっと彼の言った言葉を反芻していた。
{そうだったのか。そんなわけだったのか}
しかし、ブラック・ゼンゴに指摘されてみて、同意は出来ても、白鬼の存在は自覚出来なかった。
もし、彼の言うことが本当で、白鬼が人間の心の中に巣食っているとするのなら、他の人が鬼に見えるような者こそ、正真正銘のオニ化人間ではないのか! とも思った。
おわり
注・
左記の作品から、少しずつ引用させてもらっております。
松原新一著「さすらいびとの思想」(EIN BOOKS)
渡瀬信之訳「マヌ法典」(中央公論社)
森山隆・鶴久編「萬葉集」(桜楓社)
井上光貞監訳「日本書紀・上」(中央公論社)
「古事記・上代歌謡」(小学館)
現代日本文学アルバム7「芥川龍之介」(学習研究社)
梶原一明・徳大寺有恒著「自動車産業亡国論」(光文社)
銭谷武平著「役行者ものがたり」(人文書院)
矢野建彦「聖地への旅[大峰山]」(佼成出版社)
田村圓澄著「聖徳太子」(中央公論社)
梅原猛著「隠された十字架」(集英社)
岡本精一著「南無仏」(大和仏教文化センター)