copyright (c)ち ふ
絵じゃないかぐるーぷ
改題版
* ジュンティとイーリーの姉弟
深雪山 上醍醐寺 11
ゴエーカ;
ぎゃくえんも もらさですくう がんなれば
じゅんていどうは たのもしきかな
醍醐味とは、サンスクリットのマンダの訳で、
牛乳を精製してつくったもので、
もっともすぐれた味のことをいうようです。
まあ牛乳を嫌いな人も多いので、
具体的な事物を指すとなると、
言葉の意味合いも大分変わってきます。
どちらにしろ、言葉を作った、あるいは、発見した人が、
牛乳を好きだったことは、確かなことでしょう。
もし、嫌いな人だったら、
醍醐味という言葉はどう変わっていたのでしょうか?
対象の発見・出会いから言葉の発明、
普及・翻訳と見ていきますと、
既に出来上がった言葉を、覆すのは並大抵ではありません。
これは考えてみれば、そら恐ろしいことであります。
その時代のエリートの好みを、
むりやり人に押しつける強制と呼ぶ他はないでしょう。
ここに、言葉の持つ原罪と善意とが、
共存しているのであります。
醍醐寺の名前は、この醍醐味からきていると
いわれております。
この国の大地は、
大昔から誰かの持ち物であったようであります。
線を引くのが、好きな連中の固まりだったのでしょうね。
神はんが着物の裾をまくりあげて、
我先にと、木の杖で、線引きしている姿なんか
想像すると、メチャおもろいですね。
でも、その影響が今に残っているのかと思うと、
おもろうて やがて虚しき 線引きかな
ち ふ
なんて俳句の一つも、詠んでみたくなりますよね。
醍醐寺のある笠取山もご多分にもれず、
横尾の神はんのものでありました。
ある時、リゲン大師が笠取山の峯にたなびく、
5色の雲にひかれて、
登ってきたとき、白髪の横尾の神はんが、
すーっと現われてきて、
湧き水を飲んで、「醍醐味かな」と宣伝したようです。
きっと味のいい水を教えたかったんでしょうね。
自分で先に飲んでみせる態度はいいですね。
水が湧いていて、いくらきれいだと言っても、
すぐ飲む者は今の時代、
少ないことでしょう。
水の中に魚がいるとか、虫が住んでいるとか、
よく見極めないと恐ろしいですね。
何が交じっているかわからないのですから。
その時代には、そういう疑いは少なかったのでしょう。
リゲンはんもつられて飲んだということです。
旨い水は、ほんとうに旨いのですね。
当たり前のことです。
しかしながら、水の旨さを味わえないのは、
幸せと呼ぶべきなのか、
哀れと呼ぶべきなのか、難しいですね。
今流では、水の旨さを味わうような不幸な体験をした、
なんてことになってしまうのでしょうか。
水飲みを勧めた後、山神はんはリゲンはんに、
山をお前さんに譲るといって、
さわやかに消えたというのです。
こんな嘘のようなホントの話、
信じていいもんかいなあ、なんて、
現代人の頭では理解しかねるのであります。
そして、多くの人がそんな目に遇ってみたいなあ、
なんて思うのであります。
上醍醐寺には、ジュンティとイーリーの姉弟が、
住んでおります。
2体の観音像は、リゲン大師が柏の木で彫刻しました。
カンノンはんは、もともと空気のような存在なので、
あちらこちらに、あふれているのですが、
人々が観音像に向かって、
お願いごとやお祈りをしている姿を見ていると、
とてもじゃないが、黙っていられなくなるようです。
そして、いつの間にか菩薩像の中に、
入りこんでしまうようです。
カンノンはんには、人の願いごとを、
みんな叶えるような力はないのですが、
ぢっと聞いたり、見てくれたりするんですね。
そうしてやれば、人間とは不思議なもので、
心が澄んでくるんです。
カンノンはんが、ついていてくれると思うだけで、
安心するのでしょう。
弱い心の中、に強さの核のようなものが、
芽生えてくるようです。
もともとは、人間誰しもそういうものを
持っているのでしょうが、
カンノンはんは、触媒のような役割を
果たしているのでしょう。
化学反応を早めるようなものです。
この寺のメインはジュンティで、
弟のイーリーは、あくまでもサブとしての、
役割を果たしております。
二人はとても仲がいいようです。
仲がいいということはいいことですね。
ケンカばかりしているのは、
傍目にも、見苦しくて、目をそらしたくなります。
桜が咲き誇る季節には、一晩中、
人の居なくなった桜の木の下で、
二人は踊り狂って、
日頃のウサを晴らしているということです。
カンノンはんにしても、
ストレスが蓄まってくるようです。
この項おわり
絵じゃないかぐるーぷ
改題版
* ジュンティとイーリーの姉弟
深雪山 上醍醐寺 11
ゴエーカ;
ぎゃくえんも もらさですくう がんなれば
じゅんていどうは たのもしきかな
醍醐味とは、サンスクリットのマンダの訳で、
牛乳を精製してつくったもので、
もっともすぐれた味のことをいうようです。
まあ牛乳を嫌いな人も多いので、
具体的な事物を指すとなると、
言葉の意味合いも大分変わってきます。
どちらにしろ、言葉を作った、あるいは、発見した人が、
牛乳を好きだったことは、確かなことでしょう。
もし、嫌いな人だったら、
醍醐味という言葉はどう変わっていたのでしょうか?
対象の発見・出会いから言葉の発明、
普及・翻訳と見ていきますと、
既に出来上がった言葉を、覆すのは並大抵ではありません。
これは考えてみれば、そら恐ろしいことであります。
その時代のエリートの好みを、
むりやり人に押しつける強制と呼ぶ他はないでしょう。
ここに、言葉の持つ原罪と善意とが、
共存しているのであります。
醍醐寺の名前は、この醍醐味からきていると
いわれております。
この国の大地は、
大昔から誰かの持ち物であったようであります。
線を引くのが、好きな連中の固まりだったのでしょうね。
神はんが着物の裾をまくりあげて、
我先にと、木の杖で、線引きしている姿なんか
想像すると、メチャおもろいですね。
でも、その影響が今に残っているのかと思うと、
おもろうて やがて虚しき 線引きかな
ち ふ
なんて俳句の一つも、詠んでみたくなりますよね。
醍醐寺のある笠取山もご多分にもれず、
横尾の神はんのものでありました。
ある時、リゲン大師が笠取山の峯にたなびく、
5色の雲にひかれて、
登ってきたとき、白髪の横尾の神はんが、
すーっと現われてきて、
湧き水を飲んで、「醍醐味かな」と宣伝したようです。
きっと味のいい水を教えたかったんでしょうね。
自分で先に飲んでみせる態度はいいですね。
水が湧いていて、いくらきれいだと言っても、
すぐ飲む者は今の時代、
少ないことでしょう。
水の中に魚がいるとか、虫が住んでいるとか、
よく見極めないと恐ろしいですね。
何が交じっているかわからないのですから。
その時代には、そういう疑いは少なかったのでしょう。
リゲンはんもつられて飲んだということです。
旨い水は、ほんとうに旨いのですね。
当たり前のことです。
しかしながら、水の旨さを味わえないのは、
幸せと呼ぶべきなのか、
哀れと呼ぶべきなのか、難しいですね。
今流では、水の旨さを味わうような不幸な体験をした、
なんてことになってしまうのでしょうか。
水飲みを勧めた後、山神はんはリゲンはんに、
山をお前さんに譲るといって、
さわやかに消えたというのです。
こんな嘘のようなホントの話、
信じていいもんかいなあ、なんて、
現代人の頭では理解しかねるのであります。
そして、多くの人がそんな目に遇ってみたいなあ、
なんて思うのであります。
上醍醐寺には、ジュンティとイーリーの姉弟が、
住んでおります。
2体の観音像は、リゲン大師が柏の木で彫刻しました。
カンノンはんは、もともと空気のような存在なので、
あちらこちらに、あふれているのですが、
人々が観音像に向かって、
お願いごとやお祈りをしている姿を見ていると、
とてもじゃないが、黙っていられなくなるようです。
そして、いつの間にか菩薩像の中に、
入りこんでしまうようです。
カンノンはんには、人の願いごとを、
みんな叶えるような力はないのですが、
ぢっと聞いたり、見てくれたりするんですね。
そうしてやれば、人間とは不思議なもので、
心が澄んでくるんです。
カンノンはんが、ついていてくれると思うだけで、
安心するのでしょう。
弱い心の中、に強さの核のようなものが、
芽生えてくるようです。
もともとは、人間誰しもそういうものを
持っているのでしょうが、
カンノンはんは、触媒のような役割を
果たしているのでしょう。
化学反応を早めるようなものです。
この寺のメインはジュンティで、
弟のイーリーは、あくまでもサブとしての、
役割を果たしております。
二人はとても仲がいいようです。
仲がいいということはいいことですね。
ケンカばかりしているのは、
傍目にも、見苦しくて、目をそらしたくなります。
桜が咲き誇る季節には、一晩中、
人の居なくなった桜の木の下で、
二人は踊り狂って、
日頃のウサを晴らしているということです。
カンノンはんにしても、
ストレスが蓄まってくるようです。
この項おわり
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