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ブロムシュテット/N響の第九

2016年12月23日 | N響公演の感想(~2016)
12月21日(水)ベートーヴェン「第9」演奏会
N響創立90周年記念
NHKホール
【曲目】
ベートーヴェン/交響曲第9番ニ短調Op.125「合唱つき」

【演奏】
S:シモーナ・シャトゥロヴァ/MS:エリーザベト・クールマン/T:ホエル・プリエト/Bar:パク・ジョンミン
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 NHK交響楽団/東京オペラシンガーズ


9年ぶりに年末の「N響の第九」を聴いた。一番の理由は指揮者。ブロムシュテットなら、ベートーヴェンがこの曲で本当に伝えたかったものを聴けると思った。それに合唱。国立音大の合唱もパワーや響きでは申し分ないが、世代を越えて全人類に向けて友愛と協調を訴えるこの音楽は、狭い社会の中から集められた「若者」だけでは表現しきれないと常々感じている。東京オペラシンガーズならそれができるのは実証済み。

第九一曲というプログラムも潔くていいし、元気そうに登場したブロムシュテットと共にソリスト達も入ってきて、これなら楽章間で拍手が起こらなくていい。いつも3階席で聴くNHKホールで奮発して取った1階ど真ん中の席で、気合い十分で臨んだ。

第1楽章は「攻め」の演奏。集中力を凝縮させ、大切な音に思いきったストレスを置き、速めのテンポでリアルに切り込み、攻めかかる。オケの気合も手に取るように伝わる。巨大に膨れ上がるのではなく、贅肉を削ぎ落としたストイックな姿勢で突き進み、最後に確かな手応えを掴み取った。

第2楽章では、前のめりになるのを抑え、着実にリズムを刻みつつ調和を求めている。前半の大きな2つの楽節をどちらともリピートしたところからも堅実さが窺える。トリオに当たる中間部の解放感、伸びやかさからは楽しげな舞が見えるようだった。

第3楽章の大切な冒頭で2番目に入る第1ファゴットが落ちたのには仰天したが、楽章全体は白眉の名演。抽出した音楽のエッセンスを、清らかで透明な空間にそっと解き放つと、音たちが自ら歌い、幸福に唱和する。ヴァイオリンのデリケートな音の美しさは例えようがないほど。天上界の至福の情景を描いていながら、地上からは苦悩を秘めた人間の声も聴こえてきた。

そして第4楽章。ブロムシュテットは渾身のパワーでベートーヴェンが思い描いた「楽園」を高らかに歌い上げた。大袈裟なパフォーマンスを誇示したり、闇雲に突っ走ることもない。前進する姿勢は貫きつつ自然な呼吸と間を大切にして、溜めるところは溜め、歌うところは歌い、音楽を組み上げて行く。だからこそ音楽の核心が最適な場所を得て心を揺さぶってくる。核心とは、シラーの詩を介してベートーヴェンが全人類に呼びかけたメッセージ。東京オペラシンガーズの合唱は、輝かしく磨かれた響きだけでなく、一つ一つの言葉に魂が込もり、明瞭な発音とフレージングでメッセージをリアルに伝えてきた。

「抱き合え、幾百万の民よ」「全ての人々は兄弟に」「この口づけを全世界に」…
これらの言葉がストレートに心に響き、熱いものが込み上げてきたが、次の瞬間、先日ベルリンのクリスマスマーケットで起きたテロが頭をよぎった。ベートーヴェンが抱いた理想郷を、人間はこんなにも熱く、力強く、気高く、確信に満ちた演奏で聴かせ、感動させることができるのに、一方で人々はどうしてこんなにも憎みあい、傷つけ合うのか。涙がこぼれた。

演奏の余韻を待つことなく間髪入れずにブラボーと割れんばかりの拍手がホールに響いた。けれど、僕はこの演奏に感動したと同時に、現実とのギャップが悲しかった。人類は科学や産業では進歩を続けることをやめない。けれど、第九が初演されて200年近く経っても、この音楽が訴える理想の社会はほど遠く、むしろ後退している。そんなことを改めて感じさせるほど、多くを伝えてきた今夜の第九だった。
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