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東博でバッハ vol.63 上村文乃 (Vc)

2023年04月07日 | pocknのコンサート感想録2023
4月4日(火)東博でバッハ vol.63 上村文乃 (Vc)
~東京・・音楽祭 2023~
~時代を超えて…バロック・チェロとモダン・チェロによる聴き比べ~
東京国立博物館 法隆寺宝物館エントランスホール

【曲目】
~モダン・チェロによる演奏~
1.無伴奏チェロ組曲 第1番ト長調 BWV1007
2.無伴奏チェロ組曲 第2番ニ短調 BWV1008
3.無伴奏チェロ組曲 第3番ハ長調 BWV1009

~バロック・チェロによる演奏~
4.無伴奏チェロ組曲 第3番ハ長調 BWV1009
5.無伴奏チェロ組曲 第2番ニ短調 BWV1008
6.無伴奏チェロ組曲 第1番ト長調 BWV1007


上村文乃さんが、バッハの無伴奏の3作品をモダンとバロックの2台のチェロで演奏するというリサイタル。これは「面白い」という次元を超えた画期的な試みで、想像を超えた世界を体験した。初めての東博での演奏会。法隆寺宝物館のエントランスホールは、縦長の狭い空間で天井が高くよく響き、照明の暗さも手伝って異次元の音楽体験ともなった。

モダン楽器とピリオド楽器を、作曲された時代によって使い分ける演奏会はあるが、同じ作品を両者で演奏するのを聴くのは初めてだ。演奏を始める前に上村さんから「どちらが正しいかという聴き方ではなく、それぞれを楽しんでください。」というような話があった。2台のチェロによる弾き比べは、ひとつの作品であっても光の当て方によって全く異なる姿を見る体験だった。素晴らしいと思ったのは、そのどちらもが単なる見せかけではなく、モダンで演奏したバッハも、ピリオドで演奏したバッハも、紛れもなくバッハの音楽であり、バッハの魅力を放っていたということ。

前半に演奏したモダン楽器によるバッハは、美しく着飾り、しなやかな立ち居振る舞いで指の先端まで神経を行き渡らせて優美に舞いを舞っているよう。落ち着いたテンポで一つ一つの音を豊かに響かせ、次の音へと優しく受け渡し、全体を柔らかな線で繋いで行く。モダン楽器ならではのたっぷりとした音は、音楽が高揚する場面では一層豊かに響き、熱く、ときにロマンチックに歌を紡いで行った。ピリオド畑のアーティストのなかには、モダン楽器ではバッハの本当の姿を伝えることはできないという言う人もいるが、モダン楽器ならではの、実に雄弁に聴き手の心を大きく揺り動かすバッハだった。

15分間の休憩を挟んで、後半はバロック・チェロに持ち替え(衣装替えも!)、全体がシンメトリーの配置となるように第3番から始まった演奏に、驚いた聴衆は多かったに違いない。前半のモダン楽器の演奏とはまるで違った音楽が聴こえてきた。それは、ピッチやテンポの違いといったうわべの違いに留まらず、根本的に異なるのだ。モダンの演奏が美しく着飾ったバッハなら、こちらは裸のバッハ。魂が内なる心を赤裸々に訴えかけてくる姿からは、凄みすら感じられた。一つ一つの音を豊かに響かせたモダンの演奏に対し、こちらではフレーズを塊として捉え、クライマックスに向けて音量も高揚したモダンに対し、こちらはむしろ盛り上がる場面で響きを抑え、研ぎ澄まされた音が昇天していくようにも感じられた。バッハの魂が乗り移ったかのような入魂の演奏だった。

全ての演奏を終えた上村さんへブラボーと大喝采が送られた。これほど異なるアプローチを一夜のリサイタルでやってのけてしまう上村さん、しかもどちらの演奏も、それぞれの楽器の特性を最大限に発揮してバッハの音楽の素晴らしさを聴かせたことは驚くべきことだ。そして、真摯なアプローチであれば、バッハの音楽の本質は何ら変わることなく魅力を発するという、バッハの音楽の懐の深さや普遍性を改める感じる機会ともなった。上村さんにはぜひ4番から6番でも同様のリサイタルを行ってもらいたい。

上村文乃 チェロ・リサイタル~2022.3.5 音楽堂anoano(大塚)~
上村文乃 チェロ・リサイタル~2021.9.14 ハクジュホール~
トリオTripartie(Vn:米元響子/Vc:上村文乃/Pf:菊池洋子)~2021.4.30 浦安音楽ホール~
Vn:小川響子/Vc:上村文乃/Pf:秋元孝介 ~2017.1.29 尾上邸音楽室~
B→C 上村文乃 チェロリサイタル ~2015.12.15 東京オペラシティリサイタルホール~
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