なぜリストラ進む米国で自主退職者が急増?労働者の39%がフリーランスを選ぶ事情。「大辞職」の波は日本にも=高島康司
アメリカでは大規模なリストラが行われている一方、「大辞職(The Great Resignation)」と呼ばれる従業員が自主的に大量に会社を辞める現象も起きている。退職しているのはスキルを持ち、フリーランスでもやって行ける人々がほとんどだ。近いうちにこの「大辞職」の津波は日本も襲うことになるだろう。(『 未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 』高島康司)
※本記事は有料メルマガ『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』2023年1月13日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
「大辞職(The Great Resignation)」とは何か?
いまアメリカ国内では奇妙な現象が起こっている。それは、「大辞職(The Great Resignation)」と呼ばれる現象だ。多くの人々が自主的に会社を辞めているのだ。「大辞職(The Great Resignation)」とは、「世界恐慌(The Great Depression)」をもじって銘々された言葉である。
1929年から始まる「世界恐慌」は、その後の世界史の転換点となった出来事だった。そこまでは行かなくても「大辞職(The Great Resignation)」は、今後の資本主義の在り方を変化させる転換点になるのではないかというニュアンスも込められた銘々だ。
周知のように、いま公開されているアメリカの経済指標は決して悪いものではない。米労働省が6日発表した2022年12月の雇用統計によると、非農業部門の就業者数は前月から22万3,000人増えた。伸びは市場予想の20万人を上回った。失業率は3.5%と予想に反して低下し、約50年前の記録と並んだ。アメリカの人手不足の深刻さを改めて裏付ける結果となった。
また、企業の求人件数は新型コロナパンデミック前の約700万件から22年3月に約1185万件まで急増した後、11月になっても1,045万件と高水準で推移している。あらゆる規模の企業から依然として人手不足に対する深刻な懸念が聞こえている。
こうした売り手市場の状況を反映して、名目賃金も上昇している。昨年の11月の数値だが、6.17%の伸びだ。もちろん7.1%とインフレが高止まりしているので、実質賃金は逆に低下しているものの、GDPの成長率は以前として高めに推移している。2022年第3四半期(7~9月)の実質GDP成長率は前期比年率で2.6%だ。ちなみに日本の成長率は1.6%だ。
こうした数値を見て、アメリカ経済は依然として力強く、不況に入ることは考えにくいとの見通しを持つ専門家も多い。
リストラが進むアメリカ
しかし、これらの数値は数カ月遅れの指標であり、決してリアルタイムの現状を表していない。前回の記事でも紹介したように、経済紙の「ブルームバーグ」の調査によると、すでに70%のエコノミストが2023年にはアメリカが不況に入ると予測している。ただそれが、短く浅いものになるのか、長く深いものになるのかのコンセンサスがない。両方の見方がある。
しかし、2023年に入ってからでも大手の企業が大規模なリストラを一斉に行っている。「アマゾン」がリストラの人員を1万人から1万8,000人に増やしたのは広く報道されているが、それだけではない。アメリカの大手主要メディアが2023年に報道した大企業のリストラはあらゆる分野に及んでいる。その一部を列挙した。以下である。
・大手営業ソフト開発企業の「セールスフォースIは、リストラ計画の一環として、約10%の従業員を削減する予定であると発表した。一部の不動産から撤退し、オフィススペースを削減するともしている。
・ストリーミング大手の「Vimeo」は、従業員の11%が永久に解雇されるとしている。
・衣料品のオンライン販売大手の「StitchFix」は、従業員の20%を削減すると発表した。また、ユタ州ソルトレイクシティの施設も閉鎖されるとのこと。
・暗号通貨取引の大手「Genesis」は、6ヶ月未満でレイオフの第2ラウンドを実施し、従業員の30%を削減した。
・暗号資産大手の「Silvergate Capital」は、従業員の40%を削減した。
・NFTマーケットプレイスの「SuperRare」を運営する「SuperRare Labs」は、30%の人員削減を発表した。
・バイオテクノロジー大手の「Biocept」は30%の人員削減を発表した。
・食品販売大手の「Compass」は、昨年の2回のリストラでは財務状況は改善しなかったので、3回目のリストラを行うと発表した。また、本社オフィスの転貸を決めた。
・「マクドナルド」は、今後数カ月の間に20万人の従業員のリストラを決定した。
まだ1月に入って2週間も経っていないのに、あらゆる分野の大手の企業が大規模なリストラを軒並み発表している。そして、驚かされるのはその規模だ。20万人をリストラする「マクドナルド」を筆頭に、数千から1万人単位のリストラが相次いでいるのだ。
従業員の自主的な退職ラッシュ「大辞職」
しかし、このようなリストラの波を見るととても奇妙な感じがする。アメリカは人手不足で、景気は比較的に好調ではかったのか?賃金の伸びが続いていることから、明らかに人手不足は続いていると見てよい。だとするなら、この人手不足下のリストラとはどういうことなのか?
これは、アメリカ経済が産業分野によって状況がまちまちのいわばまだら模様の状況にあることの反映だろう。利上げや実質賃金の低下、そしてインフレの影響をもろに受け景気が一気に下降している分野がある一方、太陽光発電、電気自動車、無人航空機、環境関連産業、観光業、ホテル、そしてAIを中心とした最先端ITの関連分野はこうした指標の悪化に関係なく成長している。
こうした状況であれば、リストラされた人々は成長している分野で仕事が見つかるので、労働力の需給はいずれ調整されて、人手不足も解消に向かうはずだという予測も成り立つかもしれない。
しかしながら、こうした楽観的な見通しが成り立たなくなるような事態が、いまアメリカで進行しているのだ。それが、「大辞職(The Great Resignation)」と呼ばれる現象だ。もしかしたらこれは、アメリカでは史上始めての現象かもしれない。
2022年12月13日、世界的な仕事紹介業の「Upwork」は、アメリカの独立労働力に関する最も包括的な調査「Freelance Forward: 2022」の結果を発表した。「Upwork」の調査によると、過去12カ月間に6,000万人の米国人が自主的に退職し、フリーランスになったという。これはアメリカの全労働力全体の39%に相当する。
これは、「大辞職」や「静かに辞める」といったムーブメントの高まりの結果だ。退職しているのはスキルを持ち、フリーランスでもやって行ける人々がほとんどだ。そういう人々の間ではフリーランスの人気が高まり続けており、9時から5時まで、オフィス内で、雇用主は1人というモデルは、すべての人が望むものではなくなっている。
この「大辞職」のトレンドの結果、スキルを持つ人々がフリーランス化しているので、アメリカ経済に占めるフリーランスの所得の割合も増えている。2022年にフリーランサーは年間1兆3,500億ドルの収益をもたらしてしており、2021年よりも500億ドルも多くなっている。
退職してフリーランスになるのが一番多いのが、20代前半の「Z世代」、ならびに20代後半から30代初めの「ミレニアル世代」だ。2022年には、スキルを持つ「Z世代」プロフェッショナル全体の43%、「ミレニアル世代」プロフェッショナル全体の46%がフリーランスになっている。
またフリーランサーの半数以上が知識や情報の処理にかかわるナレッジサービスを提供している。2022年には、全フリーランサーの51%、約3,100万人が、コンピュータープログラミング、マーケティング、IT、ビジネスコンサルティングなどのナレッジサービスをさまざまな産業分野で提供している。そして、退職した69%のフリーランサーが将来の自分の稼ぎについて楽観的な見通しを持っている。
パンデミックで始まった職場放棄
すでにアメリカの全労働力人口の39%がフリーランスになっているということは、この「大辞職」の波がいかの大きいのかを示している。この動きが始まったのはコロナのパンデミックがきっかけだった。
2021年初頭から従業員が一斉に自主的に退職する動きが始まり、いまも続いているのだ。退職の理由として、生活費の上昇に伴う賃金の低迷、職場におけるキャリアアップの機会の制限、敵対的な職場環境、福利厚生の欠如、柔軟性に欠けるリモートワーク方針、長く続く仕事への不満などが挙げられる。辞める傾向が強いのは接客業、医療、教育分野の労働者だ。
だが、やはり退職理由でもっとも多いのは、職場への不満である。「ここが嫌なら他で働けばいい」というような態度をとる企業、社員を人間として扱わず、使い捨ての品目として扱っている企業が「大辞職」の影響をもっとも受けている。
過去に最も苦しんだのは現場の従業員だったが、コロナのパンデミック以降、パワーバランスはますます従業員に傾いている。いま続いている「大辞職」は一連の大きな修正の可能性の最初のものであり、企業がそれに対処しないと、必要な人材の確保に失敗し、企業の持続可能性と成長が危うくなるような状況にもなる。
これは、あらゆる階層の労働者が、より大きな力と影響力を持つようになったことを意味する。パンデミック後、多くの従業員が「こんな扱いを受けたくない、この仕事よりフリーランスの方がましだ!」と言うようになった。パンデミック以前は、失業の恐怖から嫌な仕事でもなんとか我慢していた。しかしパンデミックで政府から支給された支援金のおかげで一定期間休職できたので、苦悩と恐怖に苛まれた職場に復帰することを拒否するようになった。そして、労働者の多くが職場復帰を拒否し、フリーランスを選ぶようになったのだ。
これからは、自分自身や会社にとって意義のある仕事をしたい、働きたいと思えるような文化や風土のある職場を提供するために努力をしない企業は淘汰される流れだ。
フリーランスができる分野の拡大
もちろん、こうした「大辞職」といういわばこれまでにはないような歴史的な転換を可能にしているのは、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」によるフリーランスができるような分野の拡大である。アメリカでは次の8つの分野の成長が著しい。もちろんこうした分野のフリーランスは、リモートで仕事をするのが常態だ。
・会計、経理、財務の分野
・カスタマーサービス
・デジタルマーケティング
・心理カウンセラー、セラピスト
・人事と採用
・コンピューターとIT全般
・不動産
・一部の医療サービス
・教育
「DX」の拡大スピードは非常に急速である。すると、これまで対面でしかできなかった多くの仕事がリモートで出来るようになり、フリーランスは多くの分野に拡大することだろう。
さらに、独立した個人事業主になったフリーランサー同士が結び付き、相互に仕事を依頼しあうというネットワークも急速に拡大している。リモートの可能なエリアが拡大すると、フリーランサー相互のネットワークもこれに伴い発展するはずだ。個人が個人に仕事を与え会う関係の拡大である。
ということでは、「大辞職」の波はこれからも続くと見て間違いない。
近いうちにこの「大辞職」の津波は日本も襲う
このように見ると、これから始まるアメリカの不況には際だった特徴があることが分かる。これまで資本主義の体制は数十年おきに不況を繰り返して来た。不況による旧いタイプの企業の淘汰が、次に成長をけん引する新しい産業とテクノロジーの発展に道を拓くというサイクルだ。
しかし、これまでに起こったどの不況にも独自な特徴がある。どの不況も個性的なのだ。2023年にアメリカが不況入りする可能性は極めて高い。そして今回の不況も、これまでにはない特徴を持つはずだ。それは――