す~ぱ~☆主婦目指してますねん

とある主婦の元気に楽しく更年期を吹き飛ばす日々

震災

2007年01月18日 | 晩ご飯&日記
<献立>
白ご飯
豆腐と大根と人参のおすまし
ハムと春キャベツとたまねぎのサラダ
豚とさつまいもとセロリとしめじの甘酢醤油炒め

最近、炒め物にお酢を入れるとさっぱりするので好きです。
さつまいもは少し湯がいてから炒めました。
以前、そのまま炒めたら固かったので
離乳食はこちら↓

海苔ご飯・おすましの具+豚ひき肉・炒め物の豚以外・ポンカン

今日は阪神大震災から12年目の日。
ボクちゃんはそれを知ってか知らずか、今朝珍しく長い間泣いていました。
丁度泣き出したのは午前5時40分くらい。
まるで私を起すかのように・・・。
普段は震災にあったことを忘れてしまいますが、この日が来るたびにあの恐怖と辛い気持ちがよみがえってきます。
決して忘れてはいけない思い。
あの瞬間、初めて「死」を覚悟しました。
私がベッドの上で感じた揺れは大男が家を思いっきり揺すっているようでした。
横にあった本棚がベッドに倒れてきました。
幸い、私がベッドの端にいたので、下敷きにならずに済みました。
かなり長い間揺れ続けていたような気がします。
家が崩れそうにきしみだし、「とうとう私も死ぬんだなぁ・・・」って思った時、揺れは止みました。
しばらく心臓がバクバクして、声も出ないし、普通に立って歩くことすらできませんでした。
両親の呼ぶ声の方へ、倒れた本棚や洋服ダンスの上を踏みながら部屋を出ました。
家の中は、それはそれはひどい状態。全ての家具が倒れて中味は散乱。
玄関の扉の上のガラスは砕け散っていました。
今思えば、あの家は本当によく立っててくれたなぁ・・・って。
すぐ近所のお家はほとんどが傾いたりペチャンコにつぶれていたから。
その後、何ヶ月か一人で寝るのが怖くて、両親と一緒に寝ていました。
夜になると、またあの揺れの恐怖が襲ってくるんです。
当時大学4年だった私が、一人で寝られるようになったのは、随分たってからでした。
同級生で亡くなった方もいる中、自分が生きていることの意味を探しながら一生懸命生きていきたいと思っています。






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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ママ苺さんへ (す~ぱ~☆主婦)
2007-01-19 23:19:00
コメント、ありがとうございます☆
一緒に震災のことを考えて頂けて嬉しく思います。
ママ苺さんも受験生で、関西に来られていたかもしれなかったり、パパ苺さんも直前まで垂水におられたとのこと、本当に一瞬の行動の選択で人生が変わってくるんですよね。
偶然な中に不思議なものを感じます。
生きるってこと自体が奇跡なのかもしれませんね!
自分の命、子どもの命、愛する人の命、全てが尊くて重たいものだってことを忘れずに生きていきたいです。
返信する
遅れての (ママ苺)
2007-01-19 16:07:38
17日、TVから流れてくるニュースを観ながら、この時す~ぱ~☆主婦さんはどうだったんだろう…と思いました。投稿を拝見していて、本当に本当に恐怖の体験をされていたのだな…と涙が出そうです。あれほどの震災を渦中で体験し、ご家族の皆さん共今お幸せに暮らしていらっしゃること、そしてこういう投稿でワタシ達に当時のことを教え多くの気づきを与えてくださっていること、本当に大きな重みを感じます。心からありがとうございます。
ワタシはその時ちょうど受験生でした。日が違えば、受験の前泊で関西に居たかもしれません。パパ苺は、震災のほんの30分ほど前まで垂水に居たそうです。今自分たちが生きている意味を考え、今を精一杯生きていくことが、私達ひとりひとりの課題なのだろうなと、改めて考えさせられました。
随分遅れての投稿、ごめんなさい。お返事は結構ですのでお気遣いなくお願いします!
返信する
お返事 (す~ぱ~☆主婦)
2007-01-18 22:49:08
みやごんさんへ
私の気持ちに添って読んで下さってありがとうございます。みやごんさんのコメントを拝見して、こちらの方こそ嬉しくて涙が出そうでした。
何かと辛い世の中。自らの命を絶つ人もいる中で、「生きている」=「生かされている」っていうことを忘れずに今を大切に生きることを、震災から学んだと思います。戦争でも災害でも、その当時のことを語り継ぐことは、共通して命の尊さを伝えているんですよね。育児に追われる日々ですが、1年に最低1回くらいは命の尊さについて考える日をつくっていきたいですね

オペラ座の夜景さんへ
枚方もかなり揺れたのですね。
災害用のリュックサック、常に枕元に置いてあるとのこと。とても大切だと思います。
私も1年くらいは枕元に置いてありましたが、今ではリュックすら作っていない状況です。
いけませんね。。。
一事が万事。当時の教訓を生かすことが大事だと思います。子どももできた今、まずは子どもの命を守ることが使命だと認識していますが、リュックの用意をすっかり忘れていました。
早速、近々用意しておきたいと思います!気づかせて頂いてありがとうございました☆

meeさんへ
子育てで今一番大変な時に、辛い内容の記事へのコメントありがとうございました。
出産予定日が1月17日だったのですね。
そうお聞きすると、不思議な気持ちになります。
当時のことは、今では1年のうちこの日しか思い出すこともなくなってしまいましたが、やはりこの体験は子を持つ親としてもずっと伝えていかなければならないなーって思っています。
子どもの命を授かって、一層命の尊さを知ったように思います。どんな命も平等に生きる権利があって、それは守られないといけない。
どんな命も重いものなんですよね。
その重たさを感じながら子育て、自分の人生を生きていかなくちゃならないんだって思います。
一緒にがんばっていきましょうね
返信する
奇しくも… (mee)
2007-01-18 12:28:32
この日は、そうの出産予定日でした。
何となく私にとって特別な日になっているような…。
私の友達に神戸出身者が数人います。
ちょうど帰省中とかで実家に帰っている中の出来事。
本当に怖かったことや
しばらく暗い中寝られなかったとか
色々聞いたりしましたが
す~ぱ~☆主婦サンの記事を見て
改めて迫ってくるものがありました。
死に直面すること自体が非日常化しているので
こんな機会でもなければ考えないけど
「生かされている意味」=「私の宿題」が
何なのか、私もよく考えたいと思います。
返信する
大変な経験 (オペラ座の夜景)
2007-01-18 00:00:45
僕は、枚方に住んでいて震度4弱の揺れだったので、棚から物が落ちることはありませんでした。ただ、停電が長く続く中、僅かな揺れでしたが、余震がその後有ったこと、生まれて初めての地震だったこともあって、凄く怖く感じました。

それ以来、僕の枕元には常に、ラジオ付き懐中電灯、ミネラルウオーター2L、カンパン、缶詰及び電池の入ったリュックサックが置かれています。このリュックサックは、万が一に備えてのことですが、決して使うことが無い(災害の無い)ことを願っています。

スパー主婦さんの言葉に、同級生で亡くなった方もいる中、自分が生きていることの意味を探しながら一生懸命生きていきたいと思っています。との思いは大切なことだと思います。

その一方で、新しい命に恵まれた今、別の意味で震災の時の辛辣な思いは忘れて、日々心から笑い合える生活をお互いして行きましょう・・・

なんだか僕のコメントは、老人の繰言みたいですね。(笑い)
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 (みやごん)
2007-01-17 23:37:54
この記事を読んでいて涙が溢れてきました。
私は東京に住んでいるので、す~ぱ~主婦さんが体験した恐怖を全てわかるのは難しいとは思いますが、
このことを風化させてはいけないと強く思います。
本当に怖かったでしょうね。
読めば読むほど涙が出てきてしまうので
今日はこれで失礼します・・・ごめんなさい。

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