どシリアスなマヌケの日常

毎日毎日、ストーリー漫画を描き、残りは妄想.,いや構想の日々の日記。

お父さん

2022-10-24 08:32:00 | 日記
お母さんの診察でウチまで来てくれていた先生が「これからは近くの病院に通ってください。」と言って来なくなるという。
お兄ちゃんも僕、海斗も悲しくなってしまった。

最後にお母さんも一緒に4人で海に行った。帰り道、お兄ちゃんは、上機嫌ではしゃいでいた。

次の日曜から、僕達兄弟は朝暗いうちにお母さんに起こされるようになった。6時前に車が迎えに来て、運転してるのは先生。僕達を乗せて、遊園地や動物園やアスレチック。。。いろんなところに連れて行ってくれた。僕達は、そういう所に行ったことがなかった。毎週、日曜日が楽しくてしょうがなかった。

お兄ちゃんは先生の車に乗ると先生を「お父さん」と呼ぶ。家に帰ってくると「先生、ありがとうございました。」と言う。僕もマネをしていた。

だんだん、変だと思うようになった。
お兄ちゃんと先生はオレンジ色っぽい赤毛。何となく顔も似てる?僕は神主のお父さんに似てる。
僕とお兄ちゃんは兄弟じゃないの?

ついに我慢できなくなって、お母さんに泣きながら言った。すると、お母さんは昔の写真を見せてくれた。
赤ちゃんの僕と小さなお兄ちゃん、今より優しく笑う神主のお父さんと今と変わらないお母さん。

「カイくんが、もう少し大きくなったら話すね。」とお母さんが言った。
先生は、疲れて眠ってしまう僕をよく背負ってくれた。あの頃、僕は5才になる所だった。

日曜日のお出かけは、僕が三年生の終わりから、赤坂の先生のお家で勉強になった。たまには遊びに出かけた。

僕が12才になったある日、お母さんも日曜日に赤坂の先生の家に一緒に来た。
そして、本当のことを教えてくれた。兄ちゃんは、ずっと昔に知っていた。

真実を知った時、僕は「違う!僕のお父さんも先生!」と泣き叫んでしまった。
先生は、僕の肩を抱いて「そうだよ。私は、海斗のお父さん。ずっとそうだったよ。」と言った。僕だって「お父さん」という言葉を聞けば、先生しか思い浮かばない。先生は、僕と兄ちゃんに同じように接してきた。
僕は、徐々に事実を受け止め大人になった。

母が亡くなり、先生は兄だけを養子にして会う頻度は減っても、僕は会うと「お父さん」と自然に呼ぶ。
もう1人の父、田中翔は血がつながっているだけで父親として僕達に向き合う事はなかった。



海斗は、人の人間性や感情をかなりハッキリ色で読み解くことができます。最後まで分からないのは晃爺ちゃん。

海斗の息子翔(しょう)のガールフレンド実果を見た時には、吐きそうになります。海斗の妻になる文絵は、ポッチャリのおばさんみたいな同級生。でも、気の色は最高です。気立が良く海斗は幸せになります。
彼は、母が亡くなって、自分も父親になり、気の色で違う人間になった母を見つけます。遠くから見守り続けます。






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