映像の最後に出てくる背中が焼け爛れた少年は、長崎の谷口稜曄(すみてる)さん(長崎原爆被災者協議会会長)という方で、今もご存命です。私も何度もお会いしました。
今日は長崎の原爆忌。
この映像も撮影後30年も隠蔽されてきたのは、核兵器と放射線の脅威を人々に知らせないためでした。戦争後、アメリカ占領軍が原爆投下の被害を語ることを禁じ、隠し続けたことと同じ目的です。
この度、公開された映像に対するアメリカなどのユーザーからの感想を見ると、同じ人間なのだと少しホッとします。
核兵器の恐ろしさ、放射能の恐怖。本当のことを知らされていないだけなのだと。知れば、誰もが「核」に反対してくれるに違いないと。
そして、我々日本人は十分に「知らされている」のか、知ろうとしてきたのか、反省しました。
ロケットニュース24
日本に永遠に消えない傷跡を残した、第2次世界大戦中のアメリカによる広島・長崎への原爆投下。今もなお、多くの人の心に深い悲しみの影を落とすこの原爆投下は、人類が決して忘れてはいけない惨劇として世界中に知れ渡っている。
そしてこの度、1946年にアメリカ陸軍航空隊によって撮影されたと思われる、原爆被害者の体を映し出す映像が公開され、海外で大きな話題となっている。
「Suppressed U.S. Military Film on the Medical Effects of the U.S. Bombing of Hiroshima and Nagasaki」というタイトルでYouTubeにアップされたこの映像は、次のような文章で始まりを告げる。
「1946年、陸軍航空隊はダグラス・マッカーサー将軍から、広島・長崎への原爆投下の結果を映像に収めるよう命令を受けた。このアメリカ軍の映像は30年以上隠され、1980年代初頭までどこにも公開されることはなかった」
公(おおやけ)の目に触れるがほとんどなかったこの映像をアップしたYouTubeチャンネル「TalkingstickTV」は、これまで原子爆弾に関する数多くのビデオを投稿しており、その流れで今回のビデオを投稿したものだと思われる。
Suppressed U.S. Military Film on the Medical Effects of the U.S. Bombing of Hiroshima and Nagasaki
そしてこの映像には、胸が締めつけられるほど痛ましい原爆被害者の体が映っており、海外のネットユーザーに衝撃を与えている。
【動画に寄せられていた海外ネットユーザーからのコメント】
「本当に、本当に間違っている・・・・・・これはひどい」(アメリカ)
「私は原子爆弾がなくなることを祈っています」(カナダ)
「ビデオの最後に映し出される男の子は、あんな傷を受けて、生き残れるはずがない。これは本当にひどい」(カナダ)
「1946年に撮影……これは “最もいい” ケースだよ。だってこの人たちは、傷を受けながらも生き残った人たちなのだから」(不明)
※( )内は、コメント投稿者の居住国
そしてなかには、アメリカのネットユーザーから次のようなコメントも寄せられていた。
「この戦争が始まる前、私の父は商船で働く船員で、一般人として広島と長崎を訪れたことがありました。そして第2次世界大戦が勃発した時、アメリカの船は すべてアメリカの国旗を掲げ、父は海軍に徴集されました。偶然にも、戦争が終わる時、父はアストリア(アメリカ海軍の重巡洋艦)に乗っていました。それは 原爆投下後、最初に広島と長崎に着いたアメリカの船でした。父はこの時のことを言葉にすることができず、ただひたすらに泣いていました。このビデオは、見 るのが本当につらいものです。しかし投稿してくれて、ありがとうございます。そしてこの現実を風化させないでくれて、ありがとうございます」
目を覆いたくなるほどの、原爆の痛々しい傷跡を映した今回の映像。しかしその目を覆いたくなるほどの残虐な光景を、当時の人々は実際に自分の目で見て、受 け止めなければならなかった。原爆の被害を受けた方々、そしてその原爆の被害を目の当たりにした方々が受けた体の傷・心の傷は、平和な現代に生きる我々が 想像できないほど痛く、つらいものだったに違いない。
(文=田代大一朗)
参照元:YouTube/talkingsticktv
映像を見てすぐお気づきになると思いますが、撮影者である米軍の視線に、同じ人間としての同情や共感がありません。
まさに、被爆者は被写体であり、実験と観察の対象です。
アメリカ占領軍のABCC(原爆傷害調査委員会)が被爆者を調査するだけで、一切治療しなかったのと同じです。核兵器を使用する軍や科学者たちの残酷な精神をそこに感じます。
逆に、そんな映像でも、ショックを受ける世界の市民たちの感性には期待できると思います。
No nuclear power!
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「もう6年生だからこういう本を読んでおくといい。」
今は亡き父から一冊の本を渡された。オーストリアの精神科医V.フランクル氏の、第2次大戦中のナチス・ドイツのユダヤ人強制収容所での体験に拠る著述「夜と霧」(1956年)である。まだ6年生のこと、文章の意味などしっかり理解はできなかったろうが、子どもの心は傷つきやすいようで実はたくましい。同書所載の収容所や人々の有様・殺戮の所産である人体の一部を用いた「工芸品」の写真などは、そこで行われた事実の惨たらしさ・恐ろしさをはっきりと伝えてきた。
むごたらしい映像だから子どもに見せるのにふさわしくない という見解は正しくない。
かつてあった厳正な事実として、そしてこれから先も起こりうる事態として子どものみならず日本社会に、そして世界に示すことは本来、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」する日本国民の信託を受けた政府が率先して行うべきことだろう。
G7・8・10・20などのいわゆるサミットをヒロシマ・ナガサキでなぜ行わないのか。
もちろん核保有国の首脳が被爆地を訪れ被爆者の声を聞き被害の資料を見たからといって、彼らが「核の抑止力」などといった考え・国策を改めるとはなかなか思えない。
しかし、彼らは聞き見るべきである。 核・放射能の危険がどういうものかを実際に見聞きすることは、自国民そして世界に対する「先進国」の責務である。