9月に行われた自民党総裁選で、河野太郎氏が「解雇の金銭補償の導入」に言及し、小泉進次郎氏も「解雇規制の見直し」を訴えた。ところが「企業がクビにしやすくなる」「国際的に見れば日本の解雇規制は厳しくない」といった批判の声が上がると一気にトーンダウンし、総裁選後はまったく議論されなくなった。

 しかし、経済学者の大竹文雄氏によれば、非正規社員を大量に生み出したのは「解雇規制」であるという。その実態とは?

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 日本は「解雇の難しい国」という認識に対して、37カ国中11位という2019年のOECD調査などを根拠に「厳しくない」という反論がなされてきました。しかし長年、議論を続けて見えてきたのは、日本の制度が他国と違って、複雑で不透明なものとなっていることです。

正社員は安定的かと思いきや

 民法第627条には、「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」とあります。

 正社員は安定的地位を保障されていると思われていますが、実は民法では2週間前に申し入れれば、(労働側は)辞めることも、(会社側は)辞めさせることもできるという規定になっている。しかし大原則はこう定められているのに、解雇しにくい状態になっているのはなぜでしょうか。

 それは「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は、その権利を濫用したものとして無効とする」という考え方(解雇権濫用法理)が適用され、どんなケースが「不当解雇」かを裁判で決めてきたからです。現在は労働契約法第16条にも、同じ趣旨の規定が明文化されています。

裁判をしてみないと分からない

 逆に言えば、法律の条文には抽象的な規定しかないため、実際に解雇が無効かどうかは裁判をしないと分からないという状況になっているのです。しかし裁判に訴えられるのは、かなり恵まれた労働者に限られます。裁判期間も長いので、不当に解雇されても裁判に訴える資力がなく、組合もないような中小企業の労働者の多くは泣き寝入りするしかないのが現状です。

 企業からしても、「裁判をしてみないと分からない」こと自体がリスクとなりますから、そうしたリスクを伴わない非正規社員を多く雇用する動機が生まれます。さらに、正社員を整理解雇するためには、非正規従業員の解雇を先行させなければ解雇権の濫用にあたると判断されるので、余計に企業は正社員よりも非正規社員を雇うことになります。

 つまり、日本の解雇規制は、正社員には過度に厳しく、非正規社員には過度に緩いのです。

 この意味で非正規社員を大量に生み出したのは、実は「解雇規制」であると言えます。