鶴にあやかり、良いスタートを✨ 

2021-01-18 15:26:29 | 紹介
旧堀田古城園、一番大きな床の間の掛け軸は、
年の初めということで、吉祥(繁栄)・長寿を象徴する「鶴」の対幅で、
おめでたく、華やかに。


「鶴」という漢字が表しているのは、
声は遠くまで通り、また高いところまで飛び、天にまでも至る鳥。
古代中国の伝説では、仙界に棲むとも言われました。
鶴と竹(右)

鶴と松に梅(左)

片や何かを凝視し、片や空に向けて声を上げ・・・。

羽毛含め全てが細部まで力強く、平面的に描かれ、装飾的。
鶴を囲むように描かれた松竹梅が、2羽だけの世界を作り上げる一方で、
つがいの視線が、空を突き抜け、世界を開放しているかのよう。
眺めていると、何かいいこと起きるかも!?

心配なことは、なかなか絶えないけれど、
1年の良いスタート、切りたいですね。


・・・
お軸の落款には、本物かどうかはわかりませんが、
右は「柳里恭」、左は「淇園主人」とあり。

柳沢淇園(きえん)(1703-1758)、または中国風に柳里恭(りゅうりきょう)と自称した、
江戸中期の武士であり、文人画家、漢詩人の柳沢里恭(さととも)のこと。

父は、柳沢吉保(1658-1714)の筆頭家老で、柳沢性を許され、
里恭も幼いころよりエリート教育を受け、諸芸に優れた早熟の人だったようです。
文化人であるとともに、「経世済民」の理想をもった人として評価されています。

柳沢吉保といえば、5代将軍綱吉の寵愛を受けた側用人、
大老格として幕府の政にかかわった人ですが、
武田氏遺臣の末裔、というご縁もあり、甲府藩主も務めました。
吉保自身は幕政の中心で手腕をふるっていたため、直接甲府で政務を行うことは
なかったようですが、その息子、吉里は入国し、甲府にひと時の繁栄をもたらしました。

その柳沢家の家老を父に持つ淇園にも、甲府で過ごした日々があり、
随筆「ひとりね」には、甲斐、甲州弁、遊びの道(!)などが綴られています。


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