信玄公のハレの日に、やっぱり鶴は欠かせない!?

2021-01-21 17:28:24 | 紹介
旧堀田古城園の主屋、睦月の床の間を飾るのは鶴。


せっかくなので、ちょっとだけ、鶴のお話です。

お軸の鶴はタンチョウですが、鶴もいろいろ。他に、ナベヅル、マナヅル、クロヅルなどなど。
とは言え、総じて、鶴は、吉祥や長寿のシンボルとして、
絵図だけでなく、家紋、刀の鍔、工芸品などのモチーフに。

今でこそ、日本国内の絶滅危惧種に名を連ね、
捕獲もできない、もちろん食用なんてもってのほか(!)ですが、
かつて、鶴は、白鳥と並ぶ高級&珍味として、
例えば、武家のハレの場の料理として、限られた方に食されました。
(頭が赤いタンチョウは、どうやら味はいまいち、観賞専門だったようです。)

2008年、山梨県立博物館の企画展『甲州食べもの紀行』で、
「甲陽軍鑑」や室町~江戸時代の料理書や故実書などを手掛かりに復元された、
武田氏のハレの日の食事(本膳料理)をみてみると・・・

饗宴は酒礼・饗膳・酒宴の三部構成になっており・・・

先ずは、「式三献」(しきさんこん)と呼ばれた酒礼から。
「式三献」は、結婚式などの三々九度に名残を残す儀式。

続くは、饗膳。
鶴は、5つのお膳のトップバッター「御本膳」で、「御汁鶴」として出されたようです。
鶴と白鳥は、饗膳に「荘重さ」を加えた(!)という記録もあるくらいですから✨

ここで!戦国流クッキング:御汁鶴の作り方♪
鶴をよく作って、湯を沸かして、かけて色をとって、搾りあげて下地を沸かし、
鰹を削って入れ、鶴を添えて塩酒を加えて味をみて、濃ければ熱い湯を下ろしぎわに入れ、
酒を足して吸ってみてよい頃合いに出す!
(「りうりの書」天正元年(1573)頃?より)
(注)企画展では、今日入手不可能(!)な鶴の肉の代わりに、肉質の似た合鴨が使われました。

それにしても、饗宴で出されるお料理、すごいんです。
再現によれば、饗膳で出された5つのお膳だけでも、
御飯、汁物2種(御汁鶴と鳥冷汁)、塩と山椒、
そして24品のお料理と、7種のお菓子の盛り合わせと、ホントに盛りだくさん。
(記録には、六の膳、七の膳が続いたようですが(各1品ずつ)、
類例がなかったため、復元はされなかったようです。)

次々とお膳で出された料理は、素焼きの器(かわらけ)や白木の折敷に色とりどり盛られたようですが、
とにかく華やかさ重視!
最終的に、食べる味わうはさておかれ、つまり食べられない料理に進化😨
実際におなかを満たす食事は、別室に用意されるようになったとか。
こうした本膳料理は、有職料理として伝承される一方で、次第に簡素化されていきます。

とにもかくにも、、饗膳の後には、酒宴が続き、
別の資料によれば、式三献に続き、四献から再開され、十七献までふるまわれ。
その間、能や余興もふんだんで、翌朝までめくるめく宴会が続けられたといいますから、
当時の方々のスタミナって、ものすごかった(!)ということかもしれません。

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