晴れ、ときどき虹。

yaplog!から移行しました。

娘21歳

2023-05-28 11:13:00 | 子供達の日常
5月28日は、娘の誕生日でした。
今年で21歳。
gooブログの前に持っていたヤプログ!より、さらに前のシムコミュニティで日記を書いていた頃は、まだ生まれていませんでした。

当時の友人とは、今はfacebookで繋がっているので、なんとも不思議な感じです😀

今までの誕生日とは違うことと言えば……

今年は、自宅ではなく寮で誕生日を迎えたことです。

主役不在の誕生日は、いつもの1日になりました。

娘自身は、元気に過ごしているので、そこは安心しています😀

なっちゃん、お誕生日おめでとう🎉






成人式

2023-01-08 22:00:00 | 子供達の日常
これを書いている現在、すでに5月なんですが…。

1月、娘の「二十歳を祝う会」(旧成人式)が開催されました。

中学校時代が不登校で、高校も県立の通信制高校4年間通ったものの、成人式は出席するのかな?と、私もずっと気を揉んでいました。

出席する、しないにしても、娘の意思を尊重しよう。

ただ、二十歳は一生に1回だからなあ…。
うーん、どうだろう?
せめて、着物は着せようかなあ……

いろいろ思い悩んでも、時間はそれなりに流れていくものなので、美容師の友人の勧めもあり、一旦着付けとヘアセットの予約は、友人に予約することにしました。

肝心の娘は、日々学校生活とバイトで忙しくしていましたが、成人式は出席する!と😀

新しい着物を新調することも、レンタルで今風のデザインの着物を着せることもなく(いずれも高額)、私が30年以上前に着た振り袖を着せることにしました。


諸々の準備もアドバイスを受け、なんとか当日までに形になり、早朝から着付けとヘアセット、写真撮影、ついでの初詣、式典、実家に義実家にと、1日中大移動😅

朝から忙しかったですが、たくさんの人からお祝いの言葉をいただき喜び多い1日でした。


特に嬉しかったのは、入院中の母にも、無事に振り袖姿を披露できたこと😀

年末に腕を骨折し、リハビリ入院だったので、本人はそこそこ元気なのですが、コロナ禍で病室への面会ができないのです。

主治医や看護師さんに相談し、なんとか面会を許可していただき、ガラス張りになっている病院1階の廊下から、ガラス越しに対面となりました。


母は、私が着た振り袖を着ている娘…孫を見て、感無量だったようです。
ガラス越しとはいえ、無事に振り袖姿を見せることができたのは、なによりでした。

亡くなった祖父と一緒に選んだ振り袖と帯、両親が準備し、その後大事に保管され、30年後には娘が袖を通した……

胸がいっぱいになった時間でした。

新成人、おめでとう😀

生きづらい世の中になってきていますが、いつの時でも、私はあなたの味方です。













入学式’18

2018-04-22 15:55:50 | 子供達の日常
晴れ。
すっかり葉桜になり、新緑がまぶしい季節に突入だ。

通常の入学式からは若干遅れて、娘の高校は今日が入学式だ。
通信制ということもあり、平日ではなく日曜日に開催される。

前日、バタバタと地元のイオンで、娘に黒のスーツを購入した。
制服がない高校なので、服装は自由なのだろうが、さすがに「入学式」は「式典」であるし、制服がないということで正式な場に着ていく服もない。
ちょうど、他の入学式や就活関連も若干落ち着いたのか、黒のスーツが思いがけず安価で購入できた。
ジャケット、スカート、パンツ、白のブラウスのセットだったが、パンツは丈が長かったので後日裾上げを頼むとして、今回はスカートで。
黒のロ―ファー、ストッキングも購入。

今までとは雰囲気が違う娘に、本人もちょっとこそばいような、そんな感じ。


朝から、夫と娘と3人で会場に向かった。

夫は「オイル交換するから、会場には入らないんで、あとで電話して」とのこと。

手続きを済ませ、会場である地下の体育館へ。

娘も私もスーツだったが、いやいや、仮想大会か!!と思うほど、ラフな格好や「???」な服装の人も多く、若干の戸惑いが。

式の後は、また説明会。
午前中の時間を使って、ようやく終了。



看板の前で写真を撮った。

このブログを始めた当初、娘はまだ2歳ぐらいだった。
もう高校生にもなるのかと思うと、感慨深い。

幼稚園児だった息子が成人式を迎え、私も干支がとうに一周してしまった。

積み重ねるまでは相応の時間が流れたのだろうが、振り返るとあっという間だ。

自分で未来を切り開く娘とは別に、私は日々を大切に丁寧に生きていこうと思う。


記5月6日



合格発表

2018-04-06 23:21:29 | 子供達の日常



先日までの晴天とは打って変わって、冷たい花散らしの雨になった。

今日は、娘の合格発表だ。

通信制の高校を受験することになり、自分で様々に書類を準備してきた娘。
息子が通っていた全日制の高校とは違い、あらゆる世代の人が受験することができるが、その分、自己責任も伴い、すべての手続きは(中学校から送付すものは除く)、自分で行わなければならない。

娘の状態から、こういった諸手続きは、どうなるのだろう?大丈夫だろうか?と不安は大きかったが、なんとか自分で受験できるまでにこぎつけ、無事に試験も受けることができた。

そして発表。

娘と一緒に、いつも出勤する時間のより1本早い電車に乗る。

雨の中、二人で傘を差し、トボトボと学校まで歩く。

ひゃー!初めて、この高校に来たが、立派なグランドがあるじゃないか!!

・・・・と思ったら、よく見たら、県内屈指の進学校であるF高校のグランドである。

なかなかに変わった形の校舎だが、階段を上がると・・・。


「あ、番号があった。合格した」


・・・・え?掲示板に番号が貼り出してあり、そこから受験番号を探すことを想像していたのに、娘のやつ、あっという間に見つけやがった。

まぁ、合格したなら、それですべてOK!

息子の時のような、腰を抜かしそうになったような感情は湧かないが、それでもじわじわと娘の進路が決まった喜びが湧いてくる。

ああ、よかった・・・。


娘は、そのまま説明会へ。

私は、少し遅れる連絡をして、職場へ向かった。


年度が変わり、職場も働き方が変わっててんやわんやなのだが、夕方、上司から「おめでとうございます」と言われた。
一瞬「?」だったが、遅れる連絡をしたときに「無事に合格した」と伝えていたのだった。

娘も私も、新しいスタートだ。


記5月6日




卒業式’18

2018-03-12 14:54:06 | 子供達の日常


3月9日。
娘が中学校を卒業した。

いろいろと大変な3年間だったが、ようやく卒業にたどりつくことができたのは、大きな喜びだった。




中学1年の一学期途中から、登校するのが難しい状態になり、この3年間はほとんど学校に通い切れていない、所謂「不登校」の状態だった。

もちろん、担任の先生始め、学校側も親身になってくださった。

そして中学3年の時に、行政の「適応指導教室」に通うようになり、そこで通常の学校生活とは別の「学校生活」を送ることとなった。

他校の生徒もいる中、娘は毎日とは言わずとも、週に数回は通えるようになり、精神的にも落ち着いてきたようだった。

ここに研修に来られている大学院の生徒(子ども達から見れば先生だね)が、身近なお兄さん、お姉さんとして、子ども達に接してくれた。


本来の卒業式は3月9日だったが、学校の卒業式は欠席し、午後から登校して校長室で証書を受け取った。

そして、3月12日。


適応指導教室での「巣立ちを祝う会」。

娘はそこに参加した。

お世話になった先生方や、友人と、ゆっくりお別れをしていたようだった。

私は・・・。


保護者あてのお手紙を渡されたが、家に帰ってこっそりと読んで、そして涙があふれた。

ずっと学校に行けなくてごめんなさい。毎日お弁当を作ってくれてありがとう。

綺麗な文字で綴られていた。


もし、一般的な、普通の中学校生活を送っていたら、一体どんな風になっていただろう。

息子と同じように、日々部活に追われていたのかな?
勉強がんばっていたのかな?

いろんなことが頭をよぎるが、もう「たられば」ではない。

結果的に、息子とは全然違う10代を送る娘だが、ゆっくり成長していければ、もうそれでいい。


春からは、通信制の高校へ進学予定だ。


これからも、ずっと、お母さんはあなたの味方だよ。


記3月18日